「三日月佳南さんだよね? なんでこんなとこにいるの?」

 男たちが完全に去ったあと、日向凛は学校にいた時とは全く違う、睨むような視線で聞いてきた。
 それを、驚愕の表情で見つめる。
 手や体が震えて、声が出せない。さっき感じていた気持ち悪さと嫌悪感は拭えず、私の中を這いずり回っていた。

 この、私の前にいる人は誰?

 日向凛は、学校じゃ、もっとちゃらちゃらした、ずっとニコニコしてた男だった。
 こいつの、こんな冷たい表情、知らない。
 さっきの男たちは、こいつのこと、レンさんって呼んでた。レンって、こいつの愛称だよね……?
 じゃあ、こいつも、さっきの奴らの、仲間?

 やだ、

 怖い、怖い、怖い

 戸惑いと恐怖で身体が大きく震え出すと、日向凛は睨むのをやめて困ったように頭をかいた。
 一つ、ため息を吐いて私の元へしゃがみ込み、ゆっくり背中を摩る。

「もう大丈夫だから、俺は何もしないよ。ほら深呼吸して。怖かったね」

 さっきの男とは違う、大きくて温かな手が背中を撫でる。
 彼が、普段の様子に戻ったからか、私の震えはだんだん収まってきた。

 ほっと安心したことでぼわっと涙が溢れると、日向凛はそれを優しく拭った。


「佳南ちゃん、立てる? 家まで送るよ」

 私が泣き止むのを待って、彼は私の手を引いた。それでも足ががくがくして立てない私をそっと抱き上げる。
 そして廃ビルから出るとすぐ隣に止めてあった灰色の車に私を乗せた。
 後部座席に寝かされ、背中のひんやりとした感覚に、やっと自分の置かれた状況がゆっくり理解した。

「日向、君……」
「凛でいいよ。なに?」
「……凛、運転できるの?」

 言いたいことや、気になってることが多すぎて、まず、今一番疑問に思ったことを口にした。
 凛は当たり前のように運転席に座ると車を発進させた。

「俺、蒼一にいたときに二年留年してるから今19なんだよね」
「そ、そう……」

 驚いた。星蘭には、留年なんかしてる人いないから、そういう人を見たことがなかった。

「助けてくれて、ありがと。凛は、不良なの?」

 あんなごつい男たちを従わせたり、あんな冷たい表情をしたり、彼はどう考えても普通の人じゃない。
 凛はミラーで私をちらりと見ると笑った。

「蒼一にいたときのツケを片付けてただけだよ。それより、君はどうしてあんなとこにいたの? 知ってると思うけど、あそこは不良やヤバイ奴らが集まるから星蘭の人たちは滅多に近づかないでしょ」
「人を、探してて……」

 凛は目を見開いた。

「人? 危険区域にいるの?」
「うう、ん。わかんない。でも、追いかけてたらあそこにいた」

 か細い声で答え、膝を抱えて蹲る。
 そういえば、結局リクには会えなかった。

 惨めな状況に泣きそうになっていると、信号に差し掛かったのか、車が停まった。

「こっちの街まで来たけど、家に帰れそう?」

 私は自分の格好を見直した。服は破けて、足は少しだけすりむいてる。
 堅苦しい親には、友達の家で勉強してくると嘘をついて出てきた。こんな格好で帰るわけにもいかない。

「私、帰れない……」
「だろうね」

 凛は角を曲がりながら頷いた。

「携帯は持ってる? 親に電話しな」

 え、と凛を見る。

「泊まる、って」
「え、え? 凛の家に? 無理無理!」

 思わず顔の前で手を振る。
 即拒否された凛は少しむっと口を尖らせてから私の方を見た。

「ちがうよ。さすがに襲われた女の子をすぐに男の家に連れ込めるか」

 じゃあ、どこ? と呟いた私に凛はにやっと笑った。





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