「ここどこよ!!」

 リクが乗った車を追ってきたが、当然追いつけるはずもなく。
 道に迷った私は、絶対侵入してはいけないとまで言われている『危険区域』を越えたことに気づかず、ただまっすぐ暗い道を歩いていた。
 戻ればいいものを、意地になっていた。
 悔しかった。
 リクが私を見てないのはわかっていた。
 私を見据えて、後ろに何かを見ている。そんなこと、星蘭に通っている私がわからないはずがない。
 だから、縋りたかった。
 手に入らないおもちゃを必死でねだるように、私は誰かを求めていた。


 先に進むにつれて狭くなる道、光りがなくなる周りにだんだん、心細くなっていたところだった。

「――おらぁっっ!! ふざけてんじゃねえぞ!!」

 奥の廃ビルから聞こえてきた怒声に俯いていた顔を上げる。

『喧嘩?』
『まあ、な』

「リクっ!!」

 怒声とリクの存在を結び付けた私は迷わずその廃ビルに飛び込んだ。


 廃ビルに入るとすぐ、それは目に入った。
 怒声を上げてるのは三人の男で、倒れている金髪の少年に持っている鉄パイプやナイフで脅しをかけている。

 ――リクじゃなかった。

 その事実に少しがっかりしながらも、目の前の光景に呆然とする。
 金髪の少年は服が破けて露出した腕は見ていて痛々しいほどの傷ができていて、三人を鋭い眼で睨みつけていた。
 だが男たちは全くひるまず、少年を蹴ったり殴ったりしている。
 私は思わず走って、少年の前に行き男たちの前に立ちはだかった。

「やめなさいっ!!!」
「……なんだ、この女?」

 男たちは不思議そうにと前に出てきた私を見た。
 少年も心底驚いているようで目を見開いている。

「三人で怪我してる男の子を寄ってたかっていじめて、恥ずかしくないの!?」
「あぁ? 先に俺らに喧嘩売ってきたのはそいつなんだよ。てかお前だれだ? かなり上玉だな」

 男は鉄パイプを下ろすと嫌な笑みを浮かべて私の腕をつかんだ。

「っ、離して!!」
「おいおいそりゃねーよ。危険区域こっちまで入ってきてノコノコこんなとこに来たんだろ? 何されるとかわかってるんじゃねーの?」
「何言って……、あ、君!!」

 男が私に気を取られてると、金髪の少年は体を起こし全速力で駆けだした。
 目を丸くして逃げた少年の後姿を見つめる。
 私を掴んでいた男はくつくつと喉を震わせて笑った。

「おいおい、可愛そうだなあ。せっかく正義感震わせて助けてやったのになあ? でも残念、ここの『危険区域』にいる奴らはだいたいそんな奴らなんだよなあ」
「危険、区域……?」

 私を掴んでいる男は目で隣にいる男に目で合図した。その男は少年が去っていった方へ走っていく。
 そしてもう一人の男は私を後ろから羽交い絞めにした。男のたくましい腕が体に絡みつき、動けなくなる。
 肌を撫でられると、ざっと鳥肌が立った。

「い、や……! 離しなさいっ!!」
「おーおー、ずいぶん強情じゃん? その強気な態度がいつまで続くのかなあ?」

 必死に体を振り回そうとするが意味はなく、頬を撫でていた手が下へ下がっていき、服の中へ侵入する。
 その冷たい感触に、私の喉がひゅっと悲鳴を上げた。

 馬鹿な意地だった。
 あの時リクに助けてもらった貞節。
 それを自分のわがままなプライドと意地のせいで破られようとしてる。
 吐き気がした。男の手と、声と、愚かな自分に。
 ぎゅっと目を瞑る。



「――キム、カイ、何遊んでんだよ」

 男の荒い息しかしなかった冷たい空間に、甘くも、威圧感のある声が響いた。
 なんとなく、聞き覚えのあるような声に涙で潤んでいた瞳を向けると、そこには思いがけない人物が立っていた。

「……ひ、なた、りん…………?」
「「レンさん!!」」

 ――日向凛。

 突然現れた彼と、どうみても年下でひょろっとした彼のことをさん付けで男たちが呼んだことに、驚く。

   ――なんで、こいつが、ここに……。

 日向凛は羽交い絞めにされて服をはだけさせてる私を一瞥すると、低い声で言った。

「お前ら。金髪のガキ探してたんじゃないのか? なんで女と遊んでんだ」
「い、いえ、この女が俺たちの間に割り込んできたもんで……」
「だから? そんな理由でアレ逃したの?」

 日向凛の声が一層低くなる。男たちがひっと声を上げた。

「それに、その子、俺の知り合い」
「へっ?」
「だから、俺の、知 り 合 い 」

 知り合い、という部分を強調した日向凛に男たちは顔を青ざめさせ私から手を放した。
 ぺちゃんと座った私へ向かって勢いよく頭を下げる。

「す、すみませんでしたっ!!」
「え、え?」
「まさかレンさんの知り合いとは知らなくて、本当にすみませんでした!!」

 謝ってきた彼らを唖然として見上げる。

「もういいから。早くあのガキ見つけてこいって」
「は、はいっ!!」

 男たちはまた低くなった日向凛の声に怯えて頷くと、金髪の少年出て行った方へそそくさと去っていった。



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