家に帰った私は、頬の火照りをごまかすようにベットに突っ伏した。
 あの破廉恥男に言われた一言が頭から呪いのように離れない。

 ――なんなのよ、もう!!

 私はばっと起き上がると、シャワーを浴びて、学校に行くときには絶対にしない自分を可愛く見せるメイクをする。
 学校にメイクしていったら浮くから絶対しないけど、逆にそれが不便でしかたない。

 ――っていってもメイクしてまで落としたい男なんてあの高校にはいないけど。

 私は自分で言うのもあれだけど、美人だし、天才だと思う。
 本当に、自分で言うのも変だけど。
 だから、勉強とかしなくてもほどほどにテストで高得点はとれる。
 他の生徒みたいに地味で陰湿な奴らとはわけが違うんだ。

 私は家を出ると日も暮れてすっかり暗くなった道を歩く。
 電車に乗って隣町――灰狼町まで行くと、私が住んでる街とは違うネオンが輝いて私を誘った。
 気持ちが高ぶって、私は歩く。

「君、かわいいね〜」
「俺たちと遊ばない?」

 そんな声をガン無視して歩く。歩いて、歩いて、たどり着いたのは、

「……お、カナじゃーん。やっほー!!」

 街の少し外れたところ。たむろしてる男たちにぱっと笑って駆けよる。

「お前また来たのかー?」
「リクに会いたかったの」

 奥にいた、一番長身の男に抱き着く。
 リクはははっと笑って私の頭を撫でた。

「ったく、しょうがない女だな。お前は」

 彼の言葉に私は胸が高鳴っていくのを感じた。

 リクと会ったのは、先月の初め。
 親と喧嘩したときに家を飛び出して、この町に来て男に襲われそうになったのを助けてもらった。
 それからすごく優しくしてくれたリクに、私は惚れて、危ないと言われても何度もここに来ていた。

「でもなあ……、せっかく来てくれたとこ悪いんだけど俺今から危ないとこ行かないといけないんだよ」
「……喧嘩?」
「まあ、な」
「私もついてく!」

 思わず叫ぶとリクは怖い顔をして私を突き放した。

「駄目に決まってんだろ。帰るかここでおとなしくしとけ」
「で、でも……!!」

 リクのことを、私は何も知らなかった。
 昼、明るいときにここに来たこともあったけど、リクはいなくて。
 この暗く怪しい夜にしか会えない。
 私にやさしく笑いかけてくれて、一緒にいてくれるけど、何やってるかも年齢もわからない。
 もっと、リクのことが知りたかった。
 だけどリクはそんな私のことはお構いなしに路地に止めてあった車に乗り込む。

「待って! リク、リク!!」

 追いかけようとする私を横にいた頑丈そうな男が止める。

「ちょ、離しなさいよ!!」

 必死で抵抗するが、男の力に女子高生の力が叶うはずもなくじたばたとする。
 私は唇をかんだ。抵抗を止めると、男は安心したように力を弱めた。
 私はその隙をついて、かかとで男の膝を蹴る。

「いっっ!!!!」

 男の悲鳴を聞きながら私は腕を振りほどいて走り出した。

「っってぇ!! 待てっ!!!!」

 後ろから聞こえる怒声に耳をふさぎながら、リクが乗った車を追いかけた。







 リクは車を降りると、膝を抱えて蹲ってる男を見て笑った。

「どうした? あのお転婆娘にやられたか」
「リクさん……。まあ、はい。リクさんを追いかけてどっか行っちゃいましたよ」

 男が苦笑しながら立ち上がる。

「はあ……、あいつは本当に困ったねえ」
「追いかけないんですか」
「帰らせるために撒いた俺がまた追っかけてどうすんだよ」
「あっちは危険区域ですよ。いいんですか、女子高生をそんなとこにほったらかしにして」
「だって、面倒くせえんだもん。ちょっと助けてやっただけでなんか異常になついてくるし。顔もいいし星蘭だっつうから優しくしてやったけど特に何の情報も持ってねーし」

 もういいよあいつは、と言いながら座り込むリクに男は苦笑する。

「あんたは本当冷めた男ですね。まあ、今更あんたのやり方には文句は言いませんけど」
「冷めてて結構。俺はあの日からあいつだけを愛すって決めてんだ」

 月が、彼の哀愁に満ちた横顔を照らす。
 何度も見るそのリクの表情に、男は嘆息した。


「――俺たちの姫、柏月紗音を」






4