31 窓から光る太陽の光が頬をきらきらと照らした。 眩しくて少し身じろぐと、隣で眠る愛しい彼に手が当たった。 起こしたかと思い彼の顔を見るが、長い睫毛のあるその瞳は固く閉じられていて、すーすーと寝息を立てていた。 ――寝ていても、私を惑わすんだ。この人は。 苦笑して布団を抜け出そうとすると、ぐいっと手をひかれた。 「……波音」 「凛……、起きてたの」 凛は眠そうに目をこすりながら私を見た。 「夢、見なかった?」 夢……? 何のことだろうと一瞬考えてから、昨日のことを言っているのだと理解する。 「うん。凛がいてくれたから、だよ」 照れながら微笑むと凛は目を細めて起き上がった。 「……紗音がいなくなってから、ずっと、一人だったの?」 ばっと顔を上げる。 凛は真剣な光を目に浮かべていた。 くしゃりと顔を歪めた私を、そっと抱きしめる。温かな胸板が、私を包んだ。 「……うん、でも、母さんがたまに帰って来てくれるから大丈夫。……寂しかった、けど」 「そっか」 凛は私が落ち着くまでずっと頭を撫でていてくれた。 なんだか、夢みたいだ。 彼が、姉さんじゃなく、佳南でもなく、私を見てくれたなんて。 私を、好きになってくれたなんて。 * 凛と朝食を作ってテーブルについたとき、ブルルっと携帯が揺れた。 きたメールを開いた瞬間、身体が硬直する。 「波音?」 凛が画面を覗き込んで、ぎりっと歯を噛みしめた。 メールの差出人は凌空だ。 「……私、行かなきゃ」 立ち上がると、鞄をとって玄関へ向かう。 「待て!」 凛が腕を掴んで止める。 「何かあったら、絶対……」 「うん。連絡する」 私の言葉に、凛は頷いた。 * 凌空の家まで行くと、偶然部屋から出てきた彼の父親と遭遇した。 「……こんにちは」 「君が紗音さんかね?」 「……いえ、私は柏月波音といいます。紗音の妹です」 頭を下げると、彼はふんと鼻をならした。 聞いてた通り、厳格で嫌な雰囲気のする人だ。 「まあ、どうでもいいがな。あいつも、女に鼻を伸ばしてる暇があったら仕事をしろということだ」 そう言い捨て、彼は家を出て行った。 部屋に入ると、凌空が蹲ってた。 「凌空……」 名前を呼ぶと、ばっと顔を上げる。 頬は青く腫れあがっていた。 「その顔……」 「親父に殴られた。……くそっ」 凌空は毒吐くと、がんっと机を蹴飛ばした。 タイミングの悪いときに、呼び出されたのか。 凌空は昔から、軽い虐待を受けていた。 精神状態が良くないのも、そのせいで。 最近は、クレッセントグループという有名な企業の子会社である彼の会社をつげと、会うたびに暴力を振るわれるらしい。 ――だからって、同情はするつもりないけど。 「凌空、話があるの」 姉さんのような話し方を止めて、じっと凌空を見つめる。 今日は、伝えなくてはならない。たとえ彼が、どれだけ傷つくことになろうとも。 私たちは受け入れなきゃならないんだ。 私のいつもとは違う様子に気づいたのか、彼は動きを止めて私を見た。 自分が暴力を振るわれた後だから、意味もなく私に手を出そうという気がないんだ。 そこに安心して、口を開く。 今日は、今日こそは、彼に真実を伝えて身を引いてもらおう。 「凌空っ! 私は、」 「なあ、それなんだよ」 遮られた声に、彼の目線が私の首元に注がれてることに気づいた。 冷ややかな視線と、低く響くその声に、ぞわりと鳥肌が立った。 まさか…… 首を覆い隠すが、もう遅くて。 凌空は顔を怒りに染めて、私に掴みかかった。 「……やっ」 「なんで、キスマークなんかつけてるんだよ!! てめぇ……今まで男といたのか!」 気付かなかった。 彼からの、凛からの愛しい印が、今は絶望の証だった。 「いや、やめて……っ」 髪の毛を引っ張られて、床に押し倒される。 そのまま腕を抑えつけられ、凌空が拳を振り上げた。 「いやっ……止めてっ!!」 「そのマークを、痣で消してやるよ」 その声に、びくりと震えて、目を固くつぶった。 いつもとは違う、この状況。 凌空は父親に暴力を振るわれ、感情が高ぶってる。 それに、こんな首元を全力で殴られたら……っ ――“殺される” 恐怖が、身体を電流が走るように駆け抜けた。 いや、いやっ!! 誰か、助けて……っ 姉さん……っ 凛っ!!!! 心の中で彼を唱えた瞬間、がっと音がして手首の圧迫がなくなった。 最初は殴られたのかと思ったけど、痛みはない。 恐る恐る目を開けると、凛が凌空の首を掴んでいた。 いるはずもない彼の姿に、呆然と呟く。 「凛……?」 呼んでも、彼は怒りに顔を染めていて、気が付かない。 「なん、だっ……てめっ……」 「なんだはこっちのセリフだよ。お前、今何しようとしてたんだ」 「……ぐっ……このっ……」 凌空の呻く。 凛が手の力を強くしているようだ。 凌空は足で凛の腹を蹴ってそれを抜け出すと、凛に思いっきり殴り掛かった。 それを、ひょいとかわし、振り返った凌空の顔をしっかりとした構えで殴り返した。 「……っ」 凌空は倒れ、顔を抑えるが、凛は気にせず彼の身体を蹴飛ばす。 歯を食いしばり、怒りを込めたその足は、凌空の血で真っ赤に染まった。 さすがに、やりすぎだ。 そう思って止めようとすると、彼らの前に黒い服を着た男性が立ち塞がった。 「そこまでだ、日向君」 |