29 私の家に着いても、私たちは無言のままだった。 でも良かった。 喋ったら、また想いが溢れてしまいそうだから。 車から降りて、まっすぐと凛を見る。 綺麗な顔。きりっとした目で私を見つめてくる。 凛が転校してきたとき、初めて彼を見たとき。 その瞬間、私もう彼のことを好きになっていたのかもしれない。 もし、そうなら。 私は、凛が波音を好きになる前より、波音が凛を好きになる前より、一番初めに、凛を好きになったんだ。 胸に手を当てる。 それでいいや。 私はそれで満足。 もう二度と触れられないかもしれない、学校で、また苦しいくらい触れ合うかもしれない。 彼の手を、そっと掴む。 その手が小刻みに揺れてて、私の手が震えていることに気づいた。 「佳南、」 私を呼ぼうとした凛に、しーっと指を立て、止める。 手をぎゅっと握って、温かみを感じる。 「よしっ」 やがて、そう口に出して顔を上げる。 凛の顔を見て、にっこりと笑った。 「凛」 「ん?」 「……好きだったよ」 凛が目を見開いたのを、ふふっと笑って見つめる。 ――好きだっ“た” この言葉に込めた意味に気付いたのだろうか。 凛は、目を細めた。 「ああ、ありがとう」 「うん……。波音の様子、何かあったら私も連絡するから」 「頼む」 任せなさい、と頷いて踵を返す。 一歩進んだとき、「佳南!」と、凛が私を引き留めた。 「なに?」 振り向かずに、聞く。 「…………いや、なんでもない」 「そう? じゃあね」 それ以上そこにいたくなくて、今度は走って家の中に入った。 扉を閉め、呆然と立ち尽くした。 しばらくして、車の遠ざかる音が聞こえて、それが完全に消えたとき。 どんっと、大きな音を立てて扉に寄り掛かった。 「う……っ、ぅうっ……」 今まで堪えていた感情が、堰を切って溢れ出した。 「わああああっ……あぁああっっ!!!!」 喉から声が漏れ出て、涙が次々と流れてくる。 それを手で何度も拭いながら、ずるずると床にへたり込んだ。 一緒に、いたかったよ。 美沙とも。 凛とも。 好きだよ、大好き。愛してる。 失恋が、こんなに悲しいものだなんて知らなかった。 凛は、ああ言ってたけど、凛に好きだなんて伝えて傍にいてもらわなかったら、こんな好きにならなかった。 後悔、とはちょっと違う。 凛は、もう私の家に恋人として来てくれない。 ご飯も私のためだけに作ってくれない。 一緒に過ごすこともできないし、これから一緒にいることもないだろう。 「うっ、うっ……」 ……一緒に、いたかった。 |