28 「着いたよ」 凛がそう言って、ゆっくりと目を開けた。 どうやら私は寝ていたみたいだ。 車から降りて、青空を仰ぐ。 「暑いね……」 「今日は今年最高気温らしいからね」 苦笑しながら凛が隣に来た。彼の蜂蜜色の髪が、風に吹かれて揺れる。 白い肌がちらちらと見えて、少し掻いている汗が太陽に光にさらされてとても色っぽい。 手をぎゅっと握ると凛は優しく笑って握り返してくれた。 驚いて彼を振り返る。 凛は真剣な光を目に浮かべていた。 私に何かを訴えようとしてる、そんな目。 その視線に耐えられなかったので前を向いて、彼の手を引いて歩く。 手をつないでいるだけなのに、胸が高鳴って、手が汗ばんでいく。 いつからだろう、彼の隣にいることがとても幸福なことに感じられるのは。 「着いた」 一言そう言って、目の前にある灰色の墓石を眺めた。 「柏月、紗音……、この人が、波音のお姉さん?」 墓石に彫ってある名前を呼んで凛に振り返った。 「ああ」 凛は短く頷いた。 顔は苦い表情で、今にも泣きだしそうだった。 「大切な、人だったの?」 凛は目を見開いた。 それでも表情を硬くさせて聞く私に、そうだなと言って彼は遠くを見た。 「明るくて、綺麗で。ちょうど、俺が弱ってるときに出会ってね。とても愛しい人だった」 その声がとても切なくて、涙腺が緩む。 「好きだった?」 掠れた声で尋ねた私に、 「愛してた」 凛は短く、それでも熱のこもった感情をのせて言った。 「そっか」 羨ましいな、すごく。 つながった手にぎゅっと力を込めた。 凛が不思議そうに私を見るけど、気にしないで目を瞑る。 こんなに、こんなに近くにいるのに。 私はその愛を手に入れることができなかった。 そうだよね。 波音達は、多分、私よりずっと、強い。 「でも、」 「ん?」 「それも過去の話だ」 凛の声がすると同時に、私の身体が抱きすくめられた。 驚いて声が出ない。 髪がさらさらと頬にかかる。 「凛?」 「佳南、聞いてくれ。俺は佳南に出会えて本当に良かったと思ってる」 「え……?」 なんで? 私がいなかったら、波音がリクの元へ行くこともなかったし、今頃は波音と付き合ってた。 「嘘、だよ……私がどれだけ凛の時間縛ってたと思ってるの」 凛には大きな迷惑をかけた。 私のこと好きでもないのに、私の発作やわがままに付き合わせて。 好きでもない奴の面倒を見るなんて、私なら絶対いやだ。 「そうでも、なかったよ」 私から離れ、少ししゃがんで私の目線に合わせる。 「そう、だよ……、だって、私凛の気持ち知ってたのに、嫌がってること知ってたのに、キスとか、無理なこと頼んで、困らせてっ」 泣きながら言う私に、凛は驚いたようだ。 焦りの表情を少し顔に浮かべて私の涙を拭いた。 なんで、あの時自分の気持ちを伝えてしまったんだろう。 「……私、やっぱりいないほうが良かった、凛たちと出会わなかったら、こんな気持ちになること、なかったっ」 「そんなこと、言うなよ……」 でも、そうでしょ? 波音や凛に近づかなければ、二人は私みたいな邪魔が入らなかったわけだし。 今みたいに傷つくこともなかった。 私だって、リクに前以上近づくこともなかっただろうし、美沙だって失わなかった。 |