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「着いたよ」

 凛がそう言って、ゆっくりと目を開けた。
 どうやら私は寝ていたみたいだ。
 車から降りて、青空を仰ぐ。

「暑いね……」
「今日は今年最高気温らしいからね」

 苦笑しながら凛が隣に来た。彼の蜂蜜色の髪が、風に吹かれて揺れる。
 白い肌がちらちらと見えて、少し掻いている汗が太陽に光にさらされてとても色っぽい。
 手をぎゅっと握ると凛は優しく笑って握り返してくれた。
 驚いて彼を振り返る。
 凛は真剣な光を目に浮かべていた。
 私に何かを訴えようとしてる、そんな目。
 その視線に耐えられなかったので前を向いて、彼の手を引いて歩く。
 手をつないでいるだけなのに、胸が高鳴って、手が汗ばんでいく。
 いつからだろう、彼の隣にいることがとても幸福なことに感じられるのは。

「着いた」

 一言そう言って、目の前にある灰色の墓石を眺めた。

「柏月、紗音……、この人が、波音のお姉さん?」

 墓石に彫ってある名前を呼んで凛に振り返った。

「ああ」

 凛は短く頷いた。
 顔は苦い表情で、今にも泣きだしそうだった。

「大切な、人だったの?」

 凛は目を見開いた。
 それでも表情を硬くさせて聞く私に、そうだなと言って彼は遠くを見た。

「明るくて、綺麗で。ちょうど、俺が弱ってるときに出会ってね。とても愛しい人だった」

 その声がとても切なくて、涙腺が緩む。

「好きだった?」

 掠れた声で尋ねた私に、

「愛してた」

 凛は短く、それでも熱のこもった感情をのせて言った。

「そっか」

 羨ましいな、すごく。
 つながった手にぎゅっと力を込めた。
 凛が不思議そうに私を見るけど、気にしないで目を瞑る。
 こんなに、こんなに近くにいるのに。
 私はその愛を手に入れることができなかった。
 そうだよね。

 波音達は、多分、私よりずっと、強い。

「でも、」
「ん?」
「それも過去の話だ」

 凛の声がすると同時に、私の身体が抱きすくめられた。
 驚いて声が出ない。
 髪がさらさらと頬にかかる。

「凛?」
「佳南、聞いてくれ。俺は佳南に出会えて本当に良かったと思ってる」
「え……?」

 なんで?
 私がいなかったら、波音がリクの元へ行くこともなかったし、今頃は波音と付き合ってた。

「嘘、だよ……私がどれだけ凛の時間縛ってたと思ってるの」

 凛には大きな迷惑をかけた。
 私のこと好きでもないのに、私の発作やわがままに付き合わせて。
 好きでもない奴の面倒を見るなんて、私なら絶対いやだ。

「そうでも、なかったよ」

 私から離れ、少ししゃがんで私の目線に合わせる。

「そう、だよ……、だって、私凛の気持ち知ってたのに、嫌がってること知ってたのに、キスとか、無理なこと頼んで、困らせてっ」

 泣きながら言う私に、凛は驚いたようだ。
 焦りの表情を少し顔に浮かべて私の涙を拭いた。
 なんで、あの時自分の気持ちを伝えてしまったんだろう。

「……私、やっぱりいないほうが良かった、凛たちと出会わなかったら、こんな気持ちになること、なかったっ」
「そんなこと、言うなよ……」

 でも、そうでしょ?
 波音や凛に近づかなければ、二人は私みたいな邪魔が入らなかったわけだし。
 今みたいに傷つくこともなかった。
 私だって、リクに前以上近づくこともなかっただろうし、美沙だって失わなかった。




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