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 病院を出たところには、美沙が立ってた。

「美沙……」

 美沙は私の顔を睨みつけたまま、口を開いた。

「……あんなことして、私に情けをかけたつもり?」

 低い声で呟くように言った彼女に、ふっと笑う。

「何よ」
「聞いてたの? 私たちの会話」
「……別に」
「まあ、いいけど。情けなんか、かけてないわよ。ただ、美沙の弟の力になりたいと思っただけ」

 美沙は、ばっと顔を上げた。
 その顔は、悔しさに満ち溢れていて、今までの苦労が見て取れた。

「わかってたのよ、自分の努力が足りないことくらい。私、多分あの時少し諦めてた。佳南がミスビューティになって、落胆の気持ちもあったけど、やっぱりなって思う気持ちもあった。賞をとれなかったのも、そのせい。
 わかってた。わかってたけど、認めたくなかった。でも、佳南が言った言葉が、まるでそのことを肯定されたみたいで……っ」

 佳南の言葉が、揺れた。
 パチパチと目を瞬かせ、涙が流れるのを止めている。

 いつだって。
 いつだって美沙は。

「あっははっ。馬鹿だよね。弟の言葉一つで、こんなに私の感情が左右されるんだ。いつも家族に弱いところを見せないあいつが、私を頼ってくれたことが、嬉しくてっ」
「……美沙」

 笑わなくていいよ。

「無理して、笑わなくていいよ」
「……っ」

 私の言葉に、美沙は目を見開くと、その目からぼろぼろと涙を零れ落とした。
 ずっと、苦しかったんだ。
 病気で苦しんでいる弟に、何かをしてあげたかったんだ。
 私には、わからない感情だけれど。

「……佳南、怒ってないの?」
「…………」
「私、佳南にひどいことした。ほ、本当は、あんなことになるとは思ってなくて」

 しゃくりあげながら言う美沙に、そうだろうなと頷く。
 美沙は、根は優しいんだ。
 そんなの、私がよく知ってる。

「……だけど、あの時の、中学の時のこと思い出したら、止まらなくって」

 あの時――美沙が私の部屋に来たとき。

 ――気づいたら、佳南の家で、佳南の首絞めてた”

 泣きながらそう言った美沙に歩み寄る。

「ごめん……っ、ごめんね……っ」
「美沙」

 私は、掠れた声で美沙を呼ぶ。
 美沙は肩をびくっと震わせると、恐る恐るというように私を見た。

「そりゃあ、許すよ。だって、私達親友だもん」

 そう言うと、美沙は幾分ほっとしたような顔になった。

 でも、でもね。

「――絶交」
「え……?」
「うん。私のことは許すから、絶交だけで勘弁してあげる」

 少し、上からになってしまったけど、いいよね。
 私はいつだって、自分の感情を上手く伝えれない。
 美沙は目を見開いた。

「ぜっ、こう……?」
「うん」
「な、なんで……」

 あたふたと、焦ったような声が、彼女の口から漏れた。
 私のことを部屋で罵った時とは全く違う、弱々しい声。
 ふと、彼女から目を逸らせて、遠い、空を見た。

 雲が一つもない。快晴だ。
 暗いところが好きな私にとっては、あまり気分がよくない。
 意識を他に向けながら、そっとその言葉を告げる。

「私の優先が、変わったから」
「優先……?」
「うん、美沙が、私の大切な人、傷つけたから」
「それって、日向君のこと?」
「……凛も、だけど」

 明るく笑って、私を見る、彼女のことを思い出す。

「私の友達の順位が、変わったのよ」

 友達に、優先順位をつけるなんて、最低かもしれない。
 だけど、あの日、美沙が私を陥れたと知ってから、確かに私の中の何かが変わった。

 目を細めて、美沙を見る。

「聞いてよ、美沙。私、今どうしようもなくあんたが憎いのよ」
「っ」

 この前、波音の家に行ったとき、腕や頬に傷ができていた。
 美沙が私の写真渡さなかったら、こんなことにはなっていなかった。

 波音を傷つけた、あんたが憎い。


「でもねっ、それと同じくらい、あんたのことが好きでっ……」

 いつも私のそばにいてくれた。
 一緒にお泊りとか、ショッピングとかしたよね。
 私のこと、誰よりもわかってくれてると思ってた。


「ねえ、なんで? なんであんなことしたのよっ!!」

 泣きながら叫ぶ私を、美沙は目を見開いてみている。

「そんなに私が憎かった!? なんで、なんでよっ!! なんでっ、えっ、っ……」

 膝から崩れ落ちる。
 悲しかった。悔しかった。
 私を憎んでいることや、弟君の事情を知ってもそれは変わらなかった。

 一番の親友だと思ってた。

 リクに殴られたとき、男に触られたとき、凛に振られたとき、波音の悲痛な表情と、怪我を見たとき、

 私がどれだけ辛かったか、わかる?

 美沙が撮ったをリクに見せられた時の、私の気持ちがわかる?


「結局、私は自分が中心なんだ」
「佳南、ごめん……」
「……美沙、もう、当分、顔は見たくないの」
「……うん」
「弟のことは任せて」
「……あり、がと」
「さようなら」

 我慢できずに、その場から立ち去る。
 悲しくて、悲しくて、その場に倒れこみそうだった。
 でも、走った。




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