27 病院を出たところには、美沙が立ってた。 「美沙……」 美沙は私の顔を睨みつけたまま、口を開いた。 「……あんなことして、私に情けをかけたつもり?」 低い声で呟くように言った彼女に、ふっと笑う。 「何よ」 「聞いてたの? 私たちの会話」 「……別に」 「まあ、いいけど。情けなんか、かけてないわよ。ただ、美沙の弟の力になりたいと思っただけ」 美沙は、ばっと顔を上げた。 その顔は、悔しさに満ち溢れていて、今までの苦労が見て取れた。 「わかってたのよ、自分の努力が足りないことくらい。私、多分あの時少し諦めてた。佳南がミスビューティになって、落胆の気持ちもあったけど、やっぱりなって思う気持ちもあった。賞をとれなかったのも、そのせい。 わかってた。わかってたけど、認めたくなかった。でも、佳南が言った言葉が、まるでそのことを肯定されたみたいで……っ」 佳南の言葉が、揺れた。 パチパチと目を瞬かせ、涙が流れるのを止めている。 いつだって。 いつだって美沙は。 「あっははっ。馬鹿だよね。弟の言葉一つで、こんなに私の感情が左右されるんだ。いつも家族に弱いところを見せないあいつが、私を頼ってくれたことが、嬉しくてっ」 「……美沙」 笑わなくていいよ。 「無理して、笑わなくていいよ」 「……っ」 私の言葉に、美沙は目を見開くと、その目からぼろぼろと涙を零れ落とした。 ずっと、苦しかったんだ。 病気で苦しんでいる弟に、何かをしてあげたかったんだ。 私には、わからない感情だけれど。 「……佳南、怒ってないの?」 「…………」 「私、佳南にひどいことした。ほ、本当は、あんなことになるとは思ってなくて」 しゃくりあげながら言う美沙に、そうだろうなと頷く。 美沙は、根は優しいんだ。 そんなの、私がよく知ってる。 「……だけど、あの時の、中学の時のこと思い出したら、止まらなくって」 あの時――美沙が私の部屋に来たとき。 ――気づいたら、佳南の家で、佳南の首絞めてた” 泣きながらそう言った美沙に歩み寄る。 「ごめん……っ、ごめんね……っ」 「美沙」 私は、掠れた声で美沙を呼ぶ。 美沙は肩をびくっと震わせると、恐る恐るというように私を見た。 「そりゃあ、許すよ。だって、私達親友だもん」 そう言うと、美沙は幾分ほっとしたような顔になった。 でも、でもね。 「――絶交」 「え……?」 「うん。私のことは許すから、絶交だけで勘弁してあげる」 少し、上からになってしまったけど、いいよね。 私はいつだって、自分の感情を上手く伝えれない。 美沙は目を見開いた。 「ぜっ、こう……?」 「うん」 「な、なんで……」 あたふたと、焦ったような声が、彼女の口から漏れた。 私のことを部屋で罵った時とは全く違う、弱々しい声。 ふと、彼女から目を逸らせて、遠い、空を見た。 雲が一つもない。快晴だ。 暗いところが好きな私にとっては、あまり気分がよくない。 意識を他に向けながら、そっとその言葉を告げる。 「私の優先が、変わったから」 「優先……?」 「うん、美沙が、私の大切な人、傷つけたから」 「それって、日向君のこと?」 「……凛も、だけど」 明るく笑って、私を見る、彼女のことを思い出す。 「私の友達の順位が、変わったのよ」 友達に、優先順位をつけるなんて、最低かもしれない。 だけど、あの日、美沙が私を陥れたと知ってから、確かに私の中の何かが変わった。 目を細めて、美沙を見る。 「聞いてよ、美沙。私、今どうしようもなくあんたが憎いのよ」 「っ」 この前、波音の家に行ったとき、腕や頬に傷ができていた。 美沙が私の写真渡さなかったら、こんなことにはなっていなかった。 波音を傷つけた、あんたが憎い。 「でもねっ、それと同じくらい、あんたのことが好きでっ……」 いつも私のそばにいてくれた。 一緒にお泊りとか、ショッピングとかしたよね。 私のこと、誰よりもわかってくれてると思ってた。 「ねえ、なんで? なんであんなことしたのよっ!!」 泣きながら叫ぶ私を、美沙は目を見開いてみている。 「そんなに私が憎かった!? なんで、なんでよっ!! なんでっ、えっ、っ……」 膝から崩れ落ちる。 悲しかった。悔しかった。 私を憎んでいることや、弟君の事情を知ってもそれは変わらなかった。 一番の親友だと思ってた。 リクに殴られたとき、男に触られたとき、凛に振られたとき、波音の悲痛な表情と、怪我を見たとき、 私がどれだけ辛かったか、わかる? 美沙が撮ったをリクに見せられた時の、私の気持ちがわかる? 「結局、私は自分が中心なんだ」 「佳南、ごめん……」 「……美沙、もう、当分、顔は見たくないの」 「……うん」 「弟のことは任せて」 「……あり、がと」 「さようなら」 我慢できずに、その場から立ち去る。 悲しくて、悲しくて、その場に倒れこみそうだった。 でも、走った。 |