* 「こんにちは」 目的の病室の前に座っていた女性に声をかけると、彼女はにっこりと笑った。 本当、そっくりだ。 「こんにちは、佳南ちゃん。久しぶりね」 「はい。お久しぶりです」 美沙が私を拒絶しても、幼稚園からの縁を完全に断ち切れはしない。 「お母さん、その、美沙は?」 そう尋ねると、美沙のお母さんは困ったように顔を歪めた。 「それが、あの子ったら会いたくないって言って部屋から出てこないのよ。ごめんなさいね」 「いいんです。悪いのは、私ですから」 少し俯き加減でそう言うと、美沙のお母さんは私の肩に手を当てた。 「そんなことないわ。何がったか知らないけど、喧嘩は両成敗なんですもの。それにあの子は謝ろうとしてくれてる貴方に顔も見せようとしないで……。後でよく言っとくわ」 苦い顔をした彼女は、口を尖らせた。 でも、言葉の中には温かさも含まれていて。 少し、美沙が羨ましくなった。 「それで、弟さんは……?」 遠慮がちに聞く。 この前、美沙が私の家に来てから、美沙のことをいろいろ調べた。 美沙の家には何度も行ったことがあるけど、彼女のお母さんにしか会わなかったので、弟がいるなんて全く知らなかった。 「今は、眠っているの。入る?」 美沙のお母さんに続いて病室に入る。 一室の真ん中にあるベットに、彼はいた。 美沙の弟は、重い病気だった。生まれつき体が弱くて、学校にも満足に行けなかったのだそうだ。 でも、彼はそれに不満を言ったことはなかった。 寡黙で、親の言うことは何でも言う子だったらしい。 だけどそんな彼が、唯一願ったのは…… 「美沙にね、ミスビューティをとってほしいって言ったのよ。あの時、なんでそんなこと言ったのかしらね。今でもわかんなくて、聞いても教えてくれないんだけど」 美沙のお母さんが懐かしそうに彼の姿を見ながら言った。 「美沙、今までにない弟の頼みだものだから、張り切っちゃって。ミスビューティの結果発表の時は、相当悔しかったのか、口もきいてくれなかった」 「美沙、が……」 私と話していたときは、明るく振舞っていたのに。 「昔から、辛いことがあっても、笑顔でごまかす子だったの。でも弱い子だから、よく一人で泣いているのをよく見かけたわ」 『なんでこんなとこで泣いてたの?』 あれは、転んだんだことで泣いていたわけじゃなかったんだ。 「私、美沙にひどいこと言ったんです。そんなこと、知らなくて」 罪悪感で唇をかむと、美沙のお母さんはふっと笑った。 「別に、佳南ちゃんが言ったことは間違っていないわ。……でも、美沙はその時の悔しさを発散できていなかったんでしょうね」 「…………」 弟の願いを叶えられなかった悔しさが蓄積していって、私に対する憎しみとなって爆発した。 美沙のことを、しっかり見ていなかったんだ。 私はいつだって、自分のことばっかりだった。 「弟さんの病気は、治るんですか」 私の言葉に、美沙のお母さんは顔を歪めた。 「治らないん、ですか……?」 「いえ……、方法は、あるの。でも、その手術を受けるお金がなくて」 「お金? いくらなんですか」 美沙のお母さんは手を握りしめた。 「三億、だって。募金をしたり、働き詰めてお金を稼いだりしたんだけど、まだ全然」 そう黙り込む彼女は、前会った時よりも顔がやつれているように見えた。 美沙が私に自分の想いを告げたのも、その手術のことが原因なのかもしれない。 ――三億、か。 私は、少し考え込んでから、言った。 「私に任せてくれませんか。両親と相談してみます」 「え?」 きょとんとする彼女に、力強く微笑む。 「昔から、親が貯金を貯めてくれていたんです」 |