26 - Kanan's perspective -


「ありがとうございました」

 少し頭を下げて、診察室を出る。
 私は発作の件で病院に来ていた。
 担当の医者が言うには、もう薬を飲まなくてもいいらしい。
 その言葉通り、私はあの時のことを思い出してもフラッシュバックが起きなくなっていた。

「もうそろそろ、潮時かな」

 俯いて、そう呟く。
 静かな病院の廊下には、私の呟きを聞いた人は誰もいなかった。

 だけど、その前に、やることがある。
 胸元から小さな紙を取り出して、そこにメモされた番号の部屋へ向かった。

 歩きながら、彼女のことを考える。
 いつも、一緒だった。頼りにしてたし、大好きだった。私は。
 恥ずかしくて、そんなことは言えなかったけど。

 目を瞑れば、ほら。
 簡単に思い出せる。
 貴方と笑いあった日々を。


『ねえ、そんなとこで何してんのよ』

 幼稚園に行った帰り道、蹲って泣いてる少女がいた。

『うっ……うっ……』

 私は頭を抱えた。こんなところで泣くなんて、馬鹿な子だなあと思った。

 でも、

『……ん』

 私がその子の顔の前に手を差し出すと、少女は顔を上げて不思議そうに私を見る。

『膝、擦りむいてるから』
『ひざ……?』

 少女は膝を見て、あっと声を上げた。

『さっき転んだんだっ!』

 私を見てにっこり笑う。
 さっき泣いていたのとは正反対の表情に私は少しばかりの不信感を抱いた。

『へへっ、ありがとう』
『は、はぁ? 私何もしてないし』

 ただ、何しているか聞いただけだ。感謝をされるような覚えはない。

『でも、手』
『こ、これは……』

 ばっと手を後ろに隠す。照れくさくて、ふいとそっぽを向いた。

『それより、なんでこんなところで泣いてたの?』
『えへへ、転んじゃって……』
『……馬鹿だなあ』

 そういうと、彼女は笑った。

『本当だよね。ねえ、私は美沙。貴方は?』
『私、佳南』

 私は多分あの時、美沙と自分を重ねていたんだ。
 だから、声をかけた。
 私も良く、ひとりぼっちで泣いていたから。




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