20 朝、朝食を作ってくれるという凛に甘えてリビングのソファでくつろぐ。 寝転がって雑誌を捲っていると、ピロピロっという電子音が鳴って、携帯が光った。 「わぁ、おいしそうっ! これ、凛が作ったの?」 「そうだよ」 綺麗に盛り付けられたフレンチトーストを眺める。 「凛って、料理できるんだ」 「まあね。一応一人暮らしだし」 むしゃむしゃと食べる凛を見て、ふーんと頷く。 いただきます、と言って食べながら、私はさっきのメールを、凛に見せた。 「ねぇ凛。波音からリクの様子は聞いてる?」 「あぁ、うん。なんか、落ち着いてるみたいだよ」 「そっか……。これ、見て」 「これ、波音から?」 「うん」 そこには、『この前のテスト、順位落ちちゃった↓↓ また今度勉強教えてくれる?』という文字。 「凛も一緒に、勉強会しようよ。凛も私達より二年も先輩なわけだし」 くすっと笑うと、凛は情けない表情になった。 「っていっても、俺は君たちと比べて頭良くないしなぁ」 「だから、勉強するんでしょ。波音をうちに呼ぶのは初めてだなぁ」 ふふっと笑うと、凛がおもしろそうに肘をついてこっちを見ていた。 「何?」 「ううん?」 凛は私の頬についた蜂蜜を指で拭うとぺろりと舐めた。 たったそれだけの仕草に、顔が真っ赤になる。 それが恥ずかしくて、逆に睨んでしまう私に、凛はクックと、笑った。 * それから一週間後がたった。 「おじゃましまーす」 波音が私の家に来た。 「久しぶり、波音」 「久しぶりーっていっても三日ぶり?」 笑いあって、中に入れる。 波音は私の家を見渡すと感激するように言った。 「わあ。佳南の家初めて来たー! 広いっ」 「そう? 波音の家とそんな変わらないと思うけど」 リビングへ行くと、凛がソファで寝転がっていた。 「あ、凛だ。何やってんの?」 その様子に、波音がくすくすと笑う。 だけど、その笑顔の裏に少しの切なさが含まれていて、心が痛んだ。 凛は波音に気が付くと、にっこり笑った。 「佳南の家のソファ気持ちいいから、休憩」 「えー、私も座りたい」 波音が一人掛けのソファに座って、ぴょんぴょんと跳ねる。 前とは違う、ウェーブした栗色の髪がふわりと浮いた。 「ほんとだっ! ふかふかーっ!」 にこっと笑いソファで跳ねてる波音に眉を吊り上げる。 うさぎか、天使か、可愛い。 ぎゅってしたい。 「じゃなくてっ! べ ん きょ う!! 何のために私の家に来たのよっ!!」 「はーいっ」 机で勉強道具を広げた凛と波音を見て、ふと尋ねる。 「ねえ、波音順位落ちたっていったけど、どのくらい落ちたの?」 「う……。これ、見て」 波音が見せたテストの点票を見る。 「33位? ってあんた、すごい落ちたのね……」 「うぅ……、最近勉強してなかったから……」 言葉を聞けば『勉強』の波音がなんでまた、と考えてから、苦い思い出が頭によぎった。 「リクのせいね?」 「…………」 波音の顔が固まって、やがて微かに頷いた。 やっぱり、と納得した私に、でもと波音が口を開く。 「全く勉強してなかったわけじゃないよ? 何もやらなかったら、多分もっと下だし……」 私の心配と見当はずれのことを言う波音に、デコピンをする。 「馬鹿」 「いてっ」 「そういうことを言ってんじゃないわよ。あんた、お母さんに授業料で余計なお金かけたくないから5位以内を狙ってるんでしょ? 今回は大丈夫だったの?」 「あ、うん。なんとか……」 「それならいいんだけど。なんかあったら言うのよ?」 「うん。ありがとう」 はにかんだ波音に私はほっと安心する。 波音が一人で抱え込もうとする性格なのは、うすうす気づいていた。 だから、あまり背負い込まず相談してほしい。 でも、このとき私は気づけなかった。 彼女の足や腕にできていた痣を、終始ずっと隠していたことに。 |