19 - Kanan's perspective -


「はぁ……はぁ……」

 私は電話の前で崩れ落ちていた。
 突然起きる発作。いつも精神安定剤を持ち歩いているのだが、電話がかかって来て、何気なくとったときに起こってしまった。
 発作が起こるときいつも思い出すあの男たちの手。

「うっ……」

 なんとか、早くなった鼓動を抑えようと心臓があるあたりを掴む。
 その時、ばたんと扉が開く音が聞こえて、大好きな人が走り寄ってきた。

「佳南っ……」

 倒れている私に気が付いて、安心させるように背中を撫でる。

「大丈夫だから。ゆっくり深呼吸して」

 やがて、鼓動も安定して来て、凛の腕の中で力を抜く。

「凛……学校は?」
「終わったよ。それより、なんでこんなところにいたの。危ないよ」
「う、うん……電話とろうとして……」
「電話?」

 ぶらっと受話器が落ちている固定電話を見る凛。
 相手の方は切ってしまったらしく、ツーッツーッと電子音が響いた。
 凛はそれを見て何かを察する。

「もしかして、相手男だった?」

 こくりと頷く。第一声で、男性の声がして、ぞわりと鳥肌が立ったと思えば床に崩れ落ちていた。

「取りあえずッ」

 凛が私を抱き抱え、部屋に運ぶ。

「寝てな。具合悪いんだろ?」

「……うん、ありがと」

 ベット潜り、凛の大きな手に包まれていると、ほわほわとした安心感が、私を眠くさせる。

「ね、凛?」
「ん?」
「キス、して」

 凛は私の言葉に微笑んで、軽く唇を重ねた。

 嬉しい。

 大好きというような想いが溢れ出す。

 だけど、私は知ってる。
 キスする寸前、彼のためらうような目を。
 どこか切ない気持ちになりながら、私は深い眠りについた。 





 チャイムの音が聞こえて、私は目を覚ました。
 時計は9時を指していて、周りには誰もいない。
 凛はもう帰ったのだろう。
 誰かな。男の人だったら、どうしよう。
 玄関に行って、はい、と返事をした。

「あ、佳南? 私私!! 美沙!」
「美沙……」

 扉を開けて、美沙一人しかいないことを確かめてから、中にいれる。
 にこっといつものように笑っている彼女に苦々しい気持ちになった。

「今日はね、佳南に言いたいことがあったんだ」
「奇遇ね。私もよ」
「でも、佳南本当に大丈夫? 最近様子が変だし……」

 きょとんと首を傾げる美沙に、視線を外す。
 私が襲われたことを知っているのは、紫蘭と凛と波音、私の親と一部の教師だけだ。

 だけど、美沙は、

「知らない振りしなくてもいいよ? 知ってんでしょ、全部」
「うーん、何を?」
「とぼけないでよっ!! 紫蘭に私たちの写真渡したの、あんたでしょ!!」

 凌空が私に見せた写真の数々。あれは全て美沙が修学旅行の時に撮った写真だった。
 おかしいと思ったのだ。美沙は写真なんて好きじゃないのにカメラを持っていくし、やけに集合写真を撮りたがった。
 きっと睨むと、美沙はあははっと笑った。

「さすが中学の時ミスビューティに選ばれた天才。気づいちゃうかぁ」
「どうしてっ……」
「え、どうして?」

 すっと、美沙の顔から表情が消え去る。
 あまりにも豹変した彼女に、びくっと肩が震えた。

「嫌いだからに決まってんじゃん」
「―――」


 ――嫌い。

 誰が? 誰を?

 美沙が……? 私を?


「あっはは、おっかしーっ。何? 私に嫌われるの、そんなにショックだった?」
「で、でも……」
「ねえ、知ってた? あんたといるだけで、私は見劣りすんの。評判が落ちるの」
「……自分から寄ってきたんじゃない」
「その態度が気に食わないのよっ!!」

 ――パシッ

 頬に衝撃が走った。ぞくっと、頭の中に浮かんだ、あの時の光景。

「い、いや、あっ、あっ……」
「いいざま。私があんたと一緒にいる一番の理由は、あんたを傷つけるため。あんたの傷ついた表情が見たいから」

 手に取ろうとした精神安定剤をはたかれ、震えた手が宙にさまよう。

「覚えてる? ミスビューティの結果発表の日。病気の弟の誕生日だった」

 弟?
 ミスビューティの日なんか覚えてない。

 胸を抑えながら、それでも必死に美沙を睨みあげる。

「無理してでも見に来てくれるっていうから、私頑張ったの。死ぬほど勉強したし、綺麗になるように努力もした。でも、無理だった。あんたに負けたの! 友達だからしょうがないかって思った。そのときはねっ! でも、あんたは、あんたはっ!!」

 憎々しげに私を睨み、声を絞り出す美沙。
 思い出した。
 あの時、ミスビューティの日の翌日。
 美沙が言ったのだ。

『佳南はすごいねぇ、ミスビューティに選ばれちゃうなんて』

 それに対して、私は、

「あんたは、『すごくなんかない。対して努力もしてないし。ほかの奴らが馬鹿なだけ』って。私のっ、私の気も知らないでっ!!」

 大声で、怒鳴り散らす美沙を、目を細めて見る。
 私は美沙の手から精神安定剤を奪い取ると、二粒を水を流し込むように飲んだ。
 それでも収まらない鼓動の速さに息を切らしながら、美沙に掴みかかる。

「あの時、知ってて言ったのよ」
「はぁ?」
「知ってたわよっ!! 美沙が、他の奴らが努力してたこと! そのうえで、馬鹿って言ったの! だって私、本当に努力してないもん。死ぬまで努力した? 死ぬ寸前になってから言いなさいよ! 結局、あんたはミスビューティになれなかったのよ!」

 私は知ってる。
 本当の努力っていうものを。





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