「うん。佳南が怒っちゃうよね」

 私の言葉に凛は優しい笑みを返す。

「ねえ、夏休みは三人で遊園地にでも行かない? あ、二人は付き合ってるから……、もう一人誘って!」
「三人でいいよ。佳南も、喜ぶ」

 やったあ、と大げさなほどに喜んだ私に、凛は苦笑して、切なげな瞳で私を見た。
 その表情に、私の鼓動は速くなる。
 あれから、凛は私を見る時にこういう表情をするようになった。
 凛に出会った初めの日、私の家を苦しそうに見ていたのと同じ表情。

 最初、姉さんと私を重ねているのかと思った。
 だけど、なんだか違うみたい。

 やめてよ。
 そんな顔しないで。

 馬鹿な私は、勘違いしそうになるの。

 ふるふると頭を振って、邪心を振り払う。

「佳南に元気になってもらえるように、精一杯楽しまなきゃねっ!!」
「そうだね。波音ちゃんは、遊園地好きなの?」

 凛が私の机に肘をついて、色っぽくこっちを見た。

 ち、近いよっ!!

 その動作にどきどきしながらも、平常心平常心! と心の中で唱えて言葉を返す。

「うん、普通に好きだよ。っていっても、最後に行ったのは中学生の時かな? ここに来てからは勉強一本だったから。凛は?」
「俺は行ったことないな」
「へぇ……って、えぇ!?」
「何?」
「遊園地行ったことないの!?」
「うん」

 平然と頷く凛に、驚いて目を丸くする。

 で、でも、そっか。
 男の子は遊園地とか行かないのかな

「でも、彼女とか連れてかなかったの?」
「彼女、か……。俺が最初に付き合ったのは紗音だけど、そんな時間はなかったな」
「え、え!? 最初って、姉さんが初カノだったの?」
「ははっ、そうそうハツカノ」

 意外……、すっごく女慣れしてそうなのに……。

「まあ、彼女にしたのは、だけどね」

 ――ああもう前言撤回。やっぱり女たらし。

「ところで、俺たちと出かけて波音ちゃんは大丈夫なの?」

 話を弾ませていると、唐突に凛が聞いてきた。
 大丈夫、というのは凌空がいるのに出かけて大丈夫かということだろう。
 凌空の精神が不安なことは凛も知っている。それを伝えたときは、甘えてんじゃねえぞってぶち切れてたけど。

「うん。最近落ち着いてきたみたい。近くにいるだけでぶっ飛ばしてやりたいくらい憎いんだけど……」
「俺もだよ。マジであいつ、許せねえ……」

 口調が乱れて、目が剣呑になってきた凛を、まあまあとなだめる。

「被害届けは、出さないんだよね?」

 凛はこくりと頷いた。

「佳南の両親が、無事だったらそれでいいって。なんだよ無事だったらって、娘のことが心配じゃないのか」

 頭をぐしゃぐしゃに掻き回す凛に、胸が苦しくなるくらいの嫉妬心がわきあがる。

 大事にされてるんだ、佳南……。

 彼といると、気持ちはいつも熱っぽくて。ずっと緊張してるみたいに、胸がどきどきする。
 凛といると、姉さんも、佳南も、こんな気持ちだったのかな。

 でも、彼からの愛を手に入れた二人は羨ましい。


 凌空は愛しそうに私にキスし、触れる。
 だけど、私はそれに答えることができなくて、ただ辛いだけ。

 もしそれが、凛だったら?
 嬉しくて、嬉しくて、仕方ないだろう。

 凛が佳南と付き合ってから、この気持ちは萎むどころか、すごい勢いで膨らんでいった。

 好き、大好き。
 本当は凌空となんかキスしたくない。
 佳南とも付き合ってほしくない。

 誰でもない。
 私を、私だけを見て欲しい。


「波音ちゃん?」

 想いに浸っていた私は、凛の声で我に返った。
 私は無意識に、凛の頬へ手を当てていたみたいで、慌てて引っ込める。

「ご、ごめん!」
「ううん、いいけど……」

 凛が私の手を包んだ。

「ひゃっ、何?」
「いや、手、冷たいと思って」
「そ、そうかな?」

 どぎまぎして必死に返事をする。
 むしろ、体の中は恥ずかしくて煮えくり返っている。

「あいつに何か嫌なことされたら言ってね?」
「うん、わかってる。ありがとう」

 そうだ、私は一人じゃない。
 二人に頼ることはないと思うけど、私を心配してくれてる、そんな彼らがいることが、私を強くさせる。

 私は、凛がいなくても、頑張れるから。

 だから、大丈夫。




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