18 - Hane's perspective -


 ――私の選択は、間違っていただろうか?


「ごめんね、佳南……っ、私のせいで……っ!」

 佳南の目が覚めたと聞いて、病院へ駆け込んだ私は、彼女の姿に泣き崩れた。
 身体中に痛々しい包帯。やつれた表情。

「波音のせいじゃない。私こそ……、ごめんね」

 大きな傷はなかったって言ったけど、どうしても消えない傷が彼女の心にできた。


「あ、あ、いやあああああっ!!」
「三日月さん!?」

 日に日に弱々しくなっていく彼女は、あまりにも痛々しかった。
 授業中、フラッシュバックを起こし、悲鳴を上げだす佳南。

「佳南っ!!」

 それでもなんとか生活を送れていたのは、凛が彼女に寄り添っていたから。

「大丈夫、大丈夫だから」

 優しい声で彼女のことを呼び、背中を撫でる姿に、私はふっと目を逸らした。

 胸の奥が、痛い。
 でも、私にはそんなことを思う資格などないのだ。


「こんにちはーっ!」

 ふわりとした笑顔を作って、凌空の家に行く。

「おお、よく来たな、紗音」


 嬉しそうに笑う彼に、私も笑顔を返した。
 あの時と同じ、姉はこういう時どう言うか、
   どう思うか、どう行動するかを考えて、凌空に接する。

 でも、一つだけ違うのは、

「どうした? こっち来いよ」

 こいつが佳南に、重い傷を負わせたということ。
 そして、私の頭の片隅には、いつも一人の人がいること。

 凌空に触られるたびに感じる嫌悪感を必死に耐え、彼といると私の価値がどんどん下がっていくように感じられた。


「紗音。キスしたい」
「……うん」

 嫌いな男と唇を重ねる。顔を歪めたのは一瞬で、私は照れたように笑った。

「うれしいっ」

 ……ほんと、私、何やってんだろ。


 といっても、この関係をだらだら続けたいわけじゃない。

 もう紫蘭と凌空はあまり関係ないわけだから、弱っても怒っても私にとってはどうでもいい。
 私は紗音じゃないということを気付かせて、紗音が死んだことを理解させる。
 そして、私達には一生関わらせない。

 目的は、ただ一つ。
 だけど、その前に、凌空が抱えているストレスをなんとかして、精神状態を安定させなければならない。

 でも、

「紗音……ずっとそばにいてほしい」
「うん。わかってる」

 なんとかって、何をすれば……。


「はあ……」
「ため息をすると、幸せが逃げてくよ」
「凛……」

 朝、登校してきた凛に、首を傾げる。

「佳南は? 一緒じゃないの?」

 付き合い始めてから一緒に登校しているはずなのに、彼女の姿が見えない。

「具合が悪いから、先に行っててほしいって」
「そっ、か。大丈夫かな?」
「わからない。帰ったら、様子を見に行こうと思う。波音ちゃんも行く?」

 私は首を振った。
 私が行ったら、二人の空気を壊してしまうかもしれない。
 佳南は私が凛のことを好きということを知ってるし、気を使わせてしまうだろう。

「私はいいよ。後でメールしてみる」

 そう笑うと、凛は何気なく視線をさまよわせた。
 その表情に、顔を曇らせる。

「良くないの? 佳南の体調」
「……そう、だね。食事をするときや、寝てるときにあの時のことを思い出すようで、発作が起きるんだよ。自分でもどうにもならないみたいで、見ているだけでこっちも辛い」
「そうなの……」

 佳南の、家での様子を初めて聞いた。いつも弱音を吐かない凛がこういうことを言うということは、彼自身も精神的に参っているのかもしれない。

「ごめん、ね」
「なんで波音ちゃんが謝るの?」
「あ、うん。そうだったね」

 責めるような凛の口調に、前佳南に言われたことを思い出す。

『凛、佳南、本当に本当にごめんね……』

 教室で、佳南が初めてフラッシュバックを起こしたとき、保健室で私は泣きながら謝った。
 その時、佳南に言われた言葉。

『波音。もう、それ以上謝らないで?』
『で、でも……』
『波音に謝れると、私も心が引き裂かれるように辛いのよ。私は自分に負けて貴方たちのことを喋った上に、こうやっていまだ迷惑をかけてる。罪悪感で潰れそう』
『でもそれは……』
『うん。私が波音と凛に関わらなかったらこんなことにならなかったかもしれない。でも、私後悔してないから』
『え?』

 佳南は私と凛の手を、ぎゅっと握る。

『私、二人のことが大好き。苦しいくらい。短い間だけど、二人といたら私の世界に色が付いたような感じがした。本当に、楽しかった。だから、お互いさま。その代り……』

 ――“これからも、私のそばにいてほしいの。”





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