「凛、佳南を病院に連れてって」
「でも、」
「早くしてっ!!」

 下を向いて、唇を噛みしめる波音の苦しみと重い覚悟を感じたのだろう。凛は渋々頷いた。
 私の元へきて、鎖を外し、そっと抱きかかえる。

 久しぶりに感じた、その温かさは、寂しいものだった。

 倉庫から出て、凛がふいっと振り返る。


 その時、


 私は、

 見てしまったのだ。


 彼の目に浮かぶ、


 少量の恋慕を。







―――――――
――――


 眩しくて、清潔感のある薬品の匂いが鼻を刺す。
 ここは……、と思って、ああ、私病院にいるんだと納得した。

 がらがら、と扉が開いて、凛が入ってきた。

「佳南ちゃん、起きたんだね」

 良かったと言いながら、傍の椅子に腰かけた凛は、私の様子を見ながら口を開く。

「傷は、数週間で治るって。妊娠の心配もないって」
「え?」

 妊娠……?

 そうだ、私。

 紫蘭の男たちに、

「い、や……」
「佳南ちゃん?」
「いや、やめて、触らないでっ!!」

 男の手が、身体に、這いずり回る。

「いやあああっっ!!」
「佳南ちゃんっ!!」

 叫んで、いやいやと腕を振り回す私を、凛は抱きしめた。
 ごめんね、と、苦しそうに謝る凛に、だんだん我に返っていく。

「俺のせいだ。俺のせいでっ……」
「なんで……、なんで? 凛のせいじゃない、よ。私が、私が……――っ」

 また思い出してしまう。
 なんて弱いんだろう。私は。

「もういい、もういいから」

 そして、縋ってしまう。

「怖いのっ」
「うん」
「傍にいて……、一人が、怖いの! 傍にいてよっ!!」
「……ああ」

 なんて、馬鹿な私。


「私、凛のことが好き」
「――っ!」

 目を見開く凛を、睨むように見つめた。

「私のそばから、離れないで」

 凛の優しさにつけこんだ。

 驚いている凛の首に手を回し、唇を重ねた。

 やがて、凛の震えた手が、背中に回った。

 こんな最低なキスでも、あの男たちとするより、ずっとずっと甘い。



 ――その日から、私と凛、波音とリクは、付き合い始めた。







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