17 紫蘭の敵が、もう何人かというとき、 「そこまでだっ!! 睡蓮の総長さんよぉ!!!」 部屋にリクの声が響いて、全員の動きが止まった。 リクは私の髪を引っ張って、自分の近くに寄せる。 「あぁぁっ!!」 痛さに悲鳴を上げて、足についている鎖がジャリっと音を立てた。 そんな私にリクはナイフを当てた。 それを見た凛は悔しげに顔を歪め、腕をだらりと下げてしまう。 好機、とばかりに紫蘭の男が凛の背中を蹴り飛ばした。 「がっ!!」 「凛っ!!」 「あっはっはっ!!! 滑稽だなあ!! 紗音がいながら、この女がそんなに大事か?」 ――紗音。 斉藤とかいう男が私にぺらぺらと喋ったから、その名前が理解できた。 波音のお姉さんで、リクの代に姫だった人。 紫蘭を裏切って凛を愛し、行方不明になった。 凛と波音の様子から、彼女が二人の元にいるとは思えないけど、リクは凛のせいだと確信して彼を憎んでいた。 「――当たり前だろうが! 佳南も、波音も、紗音も……、お前が気安く触れられるような、安い女じゃねぇんだよ!!!」 凛が叫んで、 我慢していた、涙が零れだした。 彼の言葉が、どうしようもなく、嬉しくかった。 凛の態度にキレたリクが男たちに命令して、抵抗しない凛に殴りかかる。 ……もう、いいって思った。 私がいなくなれば、それで終わる。 この幸せに浸ったまま、終わろう。 リクの手を掴んで、その手に握られたナイフを自分に向けたとき、 「やめてっ!!」 懐かしい、声が響いた。 * 彼女は殴っている男から凛を守るように立ち塞がると、ゆっくりとリクを見た。 「波音、ちゃん……っ」 どうして、というように凛は波音の姿を見つめた。 「紗音! 紗音!」 リクが目を輝かせて私を押し退いた。 ――波音は、別人のようだった。 あのダサい眼鏡を取り、ふわりとした優しいイメージを思わせるメイクに栗色のウェーブがかかった髪。 波音の家に泊まりに行った時、眼鏡を取れば可愛いと思っていたけど、これほどとは。 リクはそんな波音に抱き着いて、情けない声を上げていた。 「紗音っ! 会いたかったっ!」 「――私もだよ。凌空」 その様子に呆然として見やる。 紗音、と叫ぶリクと、彼を手慣れたように撫でる波音に、私はすべてを理解した。 ――そうか。紗音なんて、いないんだ。 見たことがない、弱々しいリクの姿。 それを重苦しい様子で見る紫蘭の幹部たち。 そして、より深い怒りに顔を染める凛。 「ふっざけんなっ!!」 「凛っ! いいの」 怒鳴った凛を波音が止める。 その姿は、まるで女神のようで。 「元々、私がやる役目だったんだよ。――斉藤」 凛に微笑み、次に低い声で斉藤を呼ぶ。 下で伸びていたいかつい男がはいはい? と起き上がった。 「もし私が来なかったら、どうするつもりだった?」 「そりゃもちろん、他の生徒を使いますよねぇ」 くつくつと笑う斉藤に、殺意がわく。凛も、斉藤を人一人殺せそうな目で睨んだ。 波音はそっと息を吐いた。 「そう、だね。ここは、そういうところだったもんね」 もう一度、リクを抱き寄せると、優しい声になって言った。 「リク、私はもう、どこにも行かないよ」 「ほ、本当か?」 「うん」 「……波音っ!!」 私は叫んだ。駄目だって、告げたかった。 波音が私を見ると、目を丸くした。散々な有様に気づいたのだろう。 だけど、そんな私を安心させるように、ふっと微笑んだ。 そうだ、あの時、私が波音に負けたと思った理由。 それは、 彼女が私より、何倍も、強いからなんだ。 |