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 紫蘭の敵が、もう何人かというとき、

「そこまでだっ!! 睡蓮の総長さんよぉ!!!」

 部屋にリクの声が響いて、全員の動きが止まった。
 リクは私の髪を引っ張って、自分の近くに寄せる。

「あぁぁっ!!」

 痛さに悲鳴を上げて、足についている鎖がジャリっと音を立てた。
 そんな私にリクはナイフを当てた。

 それを見た凛は悔しげに顔を歪め、腕をだらりと下げてしまう。
 好機、とばかりに紫蘭の男が凛の背中を蹴り飛ばした。

「がっ!!」
「凛っ!!」
「あっはっはっ!!! 滑稽だなあ!! 紗音がいながら、この女がそんなに大事か?」

 ――紗音。

 斉藤とかいう男が私にぺらぺらと喋ったから、その名前が理解できた。

 波音のお姉さんで、リクの代に姫だった人。
 紫蘭を裏切って凛を愛し、行方不明になった。

 凛と波音の様子から、彼女が二人の元にいるとは思えないけど、リクは凛のせいだと確信して彼を憎んでいた。


「――当たり前だろうが! 佳南も、波音も、紗音も……、お前が気安く触れられるような、安い女じゃねぇんだよ!!!」
 凛が叫んで、

 我慢していた、涙が零れだした。
 彼の言葉が、どうしようもなく、嬉しくかった。

 凛の態度にキレたリクが男たちに命令して、抵抗しない凛に殴りかかる。


 ……もう、いいって思った。

 私がいなくなれば、それで終わる。

 この幸せに浸ったまま、終わろう。


 リクの手を掴んで、その手に握られたナイフを自分に向けたとき、


「やめてっ!!」


 懐かしい、声が響いた。





 彼女は殴っている男から凛を守るように立ち塞がると、ゆっくりとリクを見た。

「波音、ちゃん……っ」

 どうして、というように凛は波音の姿を見つめた。

「紗音! 紗音!」

 リクが目を輝かせて私を押し退いた。

 ――波音は、別人のようだった。

 あのダサい眼鏡を取り、ふわりとした優しいイメージを思わせるメイクに栗色のウェーブがかかった髪。
 波音の家に泊まりに行った時、眼鏡を取れば可愛いと思っていたけど、これほどとは。

 リクはそんな波音に抱き着いて、情けない声を上げていた。

「紗音っ! 会いたかったっ!」
「――私もだよ。凌空」

 その様子に呆然として見やる。
 紗音、と叫ぶリクと、彼を手慣れたように撫でる波音に、私はすべてを理解した。

 ――そうか。紗音なんて、いないんだ。

 見たことがない、弱々しいリクの姿。
 それを重苦しい様子で見る紫蘭の幹部たち。
 そして、より深い怒りに顔を染める凛。

「ふっざけんなっ!!」
「凛っ! いいの」

 怒鳴った凛を波音が止める。
 その姿は、まるで女神のようで。

「元々、私がやる役目だったんだよ。――斉藤」

 凛に微笑み、次に低い声で斉藤を呼ぶ。
 下で伸びていたいかつい男がはいはい? と起き上がった。

「もし私が来なかったら、どうするつもりだった?」
「そりゃもちろん、他の生徒を使いますよねぇ」

 くつくつと笑う斉藤に、殺意がわく。凛も、斉藤を人一人殺せそうな目で睨んだ。
 波音はそっと息を吐いた。

「そう、だね。ここは、そういうところだったもんね」

 もう一度、リクを抱き寄せると、優しい声になって言った。

「リク、私はもう、どこにも行かないよ」
「ほ、本当か?」
「うん」

「……波音っ!!」

 私は叫んだ。駄目だって、告げたかった。
 波音が私を見ると、目を丸くした。散々な有様に気づいたのだろう。
 だけど、そんな私を安心させるように、ふっと微笑んだ。


 そうだ、あの時、私が波音に負けたと思った理由。

 それは、

 彼女が私より、何倍も、強いからなんだ。




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