日向君はなぜか、家まで送ってくれた。
 今日初めて会った男の人に家を教えるなんてどうかと思ったけど、話してると悪い人じゃなさそうだったのでいいかと思い直した。

「送ってくれて、ありがと。日向君って面白い人だね」
「ん、なんで?」
「私を追ってきた理由、特に意味がなかったなんて嘘ついても駄目だよ。やっぱり私になんか用があったんじゃないの?」

 家の前でそう追求する私を、彼は目を細めて見つめた。

「本当だよ。可愛い子がいるなって思って、咄嗟に追いかけた」
「可愛い子?」

 思わず首を傾げる。
 こんな、似合わない眼鏡してて、髪ボサボサで、授業終われば誰とも話さずすぐ教室を出てくような女子が?

「嘘」
「えー、ホントなのに。信じてって」

 笑って肩を竦める日向君が余計に嘘くさく見える。

「でも、そうだな……。君は何で伊達眼鏡してるの?」
「……別に、意味はないよ」

 お返し、とばかりに、日向君の言葉を返す。

「可愛いでしょ。眼鏡系女子って」

 思ってもないことを言うと、日向君はははっと笑った。

「可愛いよ。俺眼鏡好きだし。でも君は可愛くない。だって似合ってないから」

 はっと、口から乾いた笑いが無意識に出た。
 なんて無礼な奴だ、この野郎。

「日向君、結構酷いこと言うね」

 まあ私も、似合わないとは思ってるけど。

「まあどうだっていいでしょ。でも、別に好きでかけてるわけでもないし、その理由を日向君に話す義務はないでしょ」
「うーん、確かに一理ある」

 難しい顔をして引き下がった彼はふと、思い出したように顔を上げた。

「そういえば君、名前は?」
「…………波音」
「はね? 面白い名前だね」

 くすくすと笑いだした彼に、嫌気がさす。どこまでも失礼だ。

「酷い。人の名前聞いて笑うなんて」

「ごめんごめん。で、上の名前は?」

 日向君は色っぽい仕草でこてんと首を傾げる。
 さっきから一つ一つのどうさがすごく嘘くさい。
 自分がどう行動すれば相手によく思われるか、全部知ってるって動き。

「柏、月」

 私はどもりながら答えた。
 名字はできれば言いたくなかったけど、まあ同じクラスならいずれわかることだと思って渋々口にした。

「へぇ……」

 名字を聞いた彼は目を細めて見定めるように私の身体を見た。

「何よ」
「いや、別に。スタイルもいいんだね」
「はっ? セクハラ」

 あははと笑う彼に、深くため息を吐く。もう帰ってと言う私に、日向君はあっさりと頷いた。

「じゃあね。波音ちゃん」

 もう名前呼びかい。まあ私もその方が助かるけど。

「じゃあね、凛!」

 大きめのボリュームでそう言った私に怯んだのか、凛は目を大きくした。
 その反応によしよしと頷いて、駆けるように家の中へ入った。






 しーんと静まり返った部屋は、ただいまと呟いても、それがむなしく響くだけ。
 暗くて、寒くて、孤独で……私は時折、泣きたくなる。
 二階に上がって、自分の部屋の窓からこっそり下を見た。

「あ……」

 思わず、声を出した。
 凛は、まだいた。玄関の前、さっきまで私たちが話していたところに。
 外からは、私が見ていることはわからないと思うけど、凛は私の家を、どこか切なそうに見上げていた。
 それは、とても悲痛で、見ている私まで悲しくさせるような表情だった。
 どうして、私の家を見て、あんな表情をするのだろう。
 まるで、一千年も守り続けていた姫を失って、それを必死で探し求めてる騎士のような……。

 やがて、凛は踵を返すと、来た道を戻って言った。
 私はそっとカーテンを閉めた。

 やっぱり、名字を知られたことは、まずかったかもしれない。
 素顔をあんな近くで見られたことも、家を知られたことも。

 あの蒼一高校から来た、彼には。




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