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 これから、佳南の元へ行く。

 凛の――大好きな人の車に乗っていても、気分は晴れなかった。
 怒りに顔を歪めている凛も、それは同じのようで。

 ため息を吐いても吐いても、不安だった。

「――波音ちゃん、着いたから、少し行ってくる」

 悶々と悩んでいた私は、車が停車していることに気づかなかった。
 一人で出て行こうとする凛を止める。

「私も行く」
「だめ。危ないよ」
「でも、それは凛だって、」
「だめだって言ってるだろ!!」

 怒鳴り声に、びくりと肩を震わせた。
 それでも引けないのは、その中に優しさも含まれていたから。

「凛……」

 情けなく彼を呼んだ私に、凛は表情を緩めると、手を私の頭に置いた。
 彼の口から掠れた声が出る。

「大丈夫。佳南を連れて絶対戻って来るから。俺を信じて……?」

 私は、唇を噛みしめた。

 信じたい、私だって、凛を信じたいよ?

 紫蘭にいたころも、睡蓮の総長の噂はよく聞いた。
 睡蓮の危ない噂をかき消すくらい喧嘩が強くて、計算高い、危険な男。

 でも、紫蘭にいた私はわかる。
 凌空だって、強い。
 それに、凛は一人で、佳南を人質に取られている。

 信じても、

『あの人を、愛してるから』

 信じても、どうにもならないことだって、あるでしょう――?


 私のその、不安な表情に、凛はふっと笑って抱きしめた。
 あの時と重なる。
 でも、違う。
 姉さんに抱きしめられた、安心するような温かさは感じない。
 ぎゅっと、心臓が掴まれたような、熱が体全体に伝わる。

 ああ、もう。
 どうして、私は。
 こんなときに、こんな時なのに、思ってしまう。

 凛が、どうしようもないくらい、好きなんだと。


 泣いた私に、そっと頭を撫でた凛は、鍵を絶対閉めてとだけ言って、行ってしまった。

 もし私が、男で、凛のように強かったら。
 凛好きになることも、佳南を傷つけることも、なかったのに。

 暗闇の中、私の嗚咽だけが響いた。





「お母さん、わ、私のこと、嫌いですか!?」

 あのとき、

「はあ? 何を言ってるの?」
「だって、いつも、私のこと、邪魔だとか、できそこないだとか言って、全然私のこと見ようとしないじゃないですか!」

 あのとき、

「別に、嫌いじゃないわ。本当のことを述べてるだけよ」
「そうやって、自分の言ってることを正当化して! 私、私だって……」
「だって、そうでしょう? 貴方、対して努力もしてないことだけに天狗になって。そういうことは努力してから言いなさい」
「なっ。私だって、頑張ってます! お母さんが私を見てないだけでしょうっ!? ……こんな家っ! もう出ていきます!」

 なんで親子喧嘩なんてしたのだろう。


「い、いや、助けてっ。……え?」
「おい、嬢ちゃん。こんなとこを夜に出歩くんじゃねーぞ」
「あ、貴方は……?」

 どうして私は、

「あ、俺リクっていうんだ。あんたは?」
「かな、ん……です」
「へぇ、カナンちゃんね」

 この人に、助けを求めたのだろう。


 ――あの時、選択を選んでいれば、こんなことになることもなかったのに。




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