16 これから、佳南の元へ行く。 凛の――大好きな人の車に乗っていても、気分は晴れなかった。 怒りに顔を歪めている凛も、それは同じのようで。 ため息を吐いても吐いても、不安だった。 「――波音ちゃん、着いたから、少し行ってくる」 悶々と悩んでいた私は、車が停車していることに気づかなかった。 一人で出て行こうとする凛を止める。 「私も行く」 「だめ。危ないよ」 「でも、それは凛だって、」 「だめだって言ってるだろ!!」 怒鳴り声に、びくりと肩を震わせた。 それでも引けないのは、その中に優しさも含まれていたから。 「凛……」 情けなく彼を呼んだ私に、凛は表情を緩めると、手を私の頭に置いた。 彼の口から掠れた声が出る。 「大丈夫。佳南を連れて絶対戻って来るから。俺を信じて……?」 私は、唇を噛みしめた。 信じたい、私だって、凛を信じたいよ? 紫蘭にいたころも、睡蓮の総長の噂はよく聞いた。 睡蓮の危ない噂をかき消すくらい喧嘩が強くて、計算高い、危険な男。 でも、紫蘭にいた私はわかる。 凌空だって、強い。 それに、凛は一人で、佳南を人質に取られている。 信じても、 『あの人を、愛してるから』 信じても、どうにもならないことだって、あるでしょう――? 私のその、不安な表情に、凛はふっと笑って抱きしめた。 あの時と重なる。 でも、違う。 姉さんに抱きしめられた、安心するような温かさは感じない。 ぎゅっと、心臓が掴まれたような、熱が体全体に伝わる。 ああ、もう。 どうして、私は。 こんなときに、こんな時なのに、思ってしまう。 凛が、どうしようもないくらい、好きなんだと。 泣いた私に、そっと頭を撫でた凛は、鍵を絶対閉めてとだけ言って、行ってしまった。 もし私が、男で、凛のように強かったら。 凛好きになることも、佳南を傷つけることも、なかったのに。 暗闇の中、私の嗚咽だけが響いた。 * 「お母さん、わ、私のこと、嫌いですか!?」 あのとき、 「はあ? 何を言ってるの?」 「だって、いつも、私のこと、邪魔だとか、できそこないだとか言って、全然私のこと見ようとしないじゃないですか!」 あのとき、 「別に、嫌いじゃないわ。本当のことを述べてるだけよ」 「そうやって、自分の言ってることを正当化して! 私、私だって……」 「だって、そうでしょう? 貴方、対して努力もしてないことだけに天狗になって。そういうことは努力してから言いなさい」 「なっ。私だって、頑張ってます! お母さんが私を見てないだけでしょうっ!? ……こんな家っ! もう出ていきます!」 なんで親子喧嘩なんてしたのだろう。 「い、いや、助けてっ。……え?」 「おい、嬢ちゃん。こんなとこを夜に出歩くんじゃねーぞ」 「あ、貴方は……?」 どうして私は、 「あ、俺リクっていうんだ。あんたは?」 「かな、ん……です」 「へぇ、カナンちゃんね」 この人に、助けを求めたのだろう。 ――あの時、選択を選んでいれば、こんなことになることもなかったのに。 |