15 姉さんがいなくなって、紫蘭は混乱した。 姫が裏切ったとなれば、紫蘭の評判も落ちる。 幹部はそれ隠すことに必死だったし、ショックも大きかった。 でも、何より深い傷を負ったのは、紫蘭の総長だった。 「紗音はどこだっ!! だせよっ! だせっつってんだろぉっっ!!!!」 「凌空さん! 大丈夫っすよ、あの人は帰ってきますから!!」 柏月紗音に依存していた総長の加藤凌空は姉さんがいなくなってから、狂うようになった。 放心したように気力をなくしていると思えばいきなり怒鳴り始める。 家庭の事情もあり追い込まれていた彼は、もう心がズタズタになっていた。 元々、非情でワイルドだと有名だった彼がこんな姿になり、紫蘭は崩壊間近だった。 このときはまだ、姉さんが幸せに生きていると信じていた私は、今までお世話になっていた紫蘭に、何かしたいと思い始めていた。 「――っていってもなあ、あんた、リクさんと話したことないだろう」 凌空と一番仲がいい斉藤智樹に相談すると、彼は困ったように眉を寄せた。 「でも……このまま紫蘭がなくなっちゃうなんて、私……」 「まあ、似てるあんたに慰めてもらえば、リクさんも少しは落ち着くか。来いよ」 凌空は思っていたより悲惨だった。 「リクさん。姫の妹が来ましたよー!」 紫蘭の倉庫の一室、そこには放心したように壁に寄り掛かっている凌空がいた。 「……ああ、智樹か」 「リクさん。このまま紫蘭潰す気っすか」 「凌空さん、大丈夫ですか?」 目を瞑っている凌空に声をかける。 私の声に、凌空はゆっくりと目を開けた。 彼は私の姿を見て、驚いてるようだった。 私はそんな彼に、優しく微笑んだ。 ――まるで、姉さんが彼にそうするように。 「あ、凌空さん。私は紗音の妹の、」 「紗音!」 「えっ」 いきなり抱き着いた凌空に私と斉藤は目を丸くした。 「あの、凌空、さ、」 「紗音……、もう、絶対に離さねぇ……」 ……凌空は、私を紗音と言った。 それは勘違いというより、精神的な逃げのようなもので。 抱き着いてきた凌空を突き放すことができず、私はそのとき、それを受け入れた。 本当にその瞬間は、彼らのためならと思っていたのだけれど。 どこか、奥底には、姉さんへの羨望が私の中には眠っていたのかもしれない。 凌空の間違いを、私は優越感を胸に感じながら、受け入れたんだ。 ――それから、私を紗音と思いこんだままの彼と恋人のふりを続けた。 「凌空、おまたせ!」 姉さんのようにふわふわと笑って、 「紗音……」 キスもしたりした。 凛がやけに私が男慣れしてるといったのは、何とも思ってない彼とこういう行為をしていたかもしれない。 だけど、それは、 「紗音、なんか変わったよな。前の方がよかったっていうか……」 私のプライドを下げるのに、十分なことだった。 「私は、もうあんなことはしないわ。彼にとっても良くないし」 「でもなぁ、あんたがいなくなってからリクさんは容赦がなくなってなあ。今は紫蘭に直接関係あるわけじゃないから何とも言えないんだよ」 「とにかく帰って!! 今、私はあんたに構ってる暇はないっ!」 「そりゃあもしかして、あの強気な嬢ちゃんのことか?」 「なっ!」 驚いて斉藤を見る。彼はにひっと笑うと言葉を続けた。 「リクさんも人が悪いぜ。あんな可愛い子にあんなことしちゃうんだもんなぁ……」 「どういうこと……? 佳南に何したの!?」 「ふーん、やっぱり知り合いだったか。っつーことは、あいつのことも知ってるんだろ?」 「あいつ?」 「睡蓮の総長、日向凛って言ったか?」 「なんで、名前……」 睡蓮のチームは外にはもちろん、仲間にも名前は割れてないはずなのに……。 「ちょっといじめたらすぐ吐いてくれたぜ」 斉藤がひょいっと私に向けて何か投げる。 これ、USB……? 「明後日の夜、お前とそっちんとこの総長連れて紫蘭の倉庫へ来い。来なかったら、あの嬢ちゃんが大変な目にあうことになるぜ」 くっくと笑いながら、斉藤は近くに止まっていた車に乗り込んで去った。 呆然と、渡されたUSBを見る。 佳南がさらわれた、紫蘭に。 なんで? 私のせい? 私が、姉さんのことを隠して、凌空の元から去ったから? ――いつまであんたらは私たちのことを追い詰めんのよ。 私は怒りに支配された体を出まかせに抑えて、側にあった壁を蹴り上げた。 |