「私、帰るね」
「え、でも、」

「うっさいっ!!」


 びくっと波音が肩を震わす。
 その姿に感じたのは、少しの罪悪感と、後悔と、ざまあみろ、という気持ち。
 驚いて私を見る波音を一瞥して、家を飛び出した。



 こんな時に、こんなタイミングで、なんでっ!!
 道を走りながら、こぼれた涙に、気付かされる。

 ――凛が好き。

 あのにこにことした嘘くさいけど、優しい表情も。
 前に少しだけ見せた、鋭い視線も。
 私を撫でる、あの大きな手の感触も。

 全部、全部が、苦しくなるくらい好きで。

 溢れ出したら、止まらなくて、会いたいという気持ちが、深くなる。
 触れたい、抱き着きたい、あの声を、聴きたい。
 愛したい、愛されたい。

 でも、こんなにも、

 切ない――


 涙が止まらなくて、下を向いて走っていると、ばんと誰かにぶつかった。

「いっ、ご、ごめんな、」
「カナ?」
「え?」

 懐かしい声にぱっと顔を上げた。
 その人は泣いている私に驚きつつ、髪をなでた。

「おいおい、どーした? 失恋でもしたか?」
「リ、ク……、なんで、ここに……」

 リクは灰狼町にいるはずなのに。

「少し用事でさ……、でも、そうだな、お前、俺の家来るか?」
「え……? リクの?」
「俺の家以外どこがあんだよ。悩みあるんだろ? 聞いてやるよ」

 優しく笑ったリクに戸惑いつつも、抱き着いた。
 今は、誰でもよかった。
 ただ誰かに、縋りたかった。

 だから、気付かなかった。
 胸に顔をうずめた私を嘲るように見て、リクが心底愉快そうに笑っていたことに。



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