12 - Kanan's perspective -


 修学旅行も終わり、普通の日々が戻ってきたころだったのだが、私はもやもやとした日々を送っていた。

「佳南、どうしたの?」

 私の様子に首を傾げた波音に、勉強を教えるために来ていた彼女の部屋でぼーっとしていたことに気づく。

「あ、ううん、なんでもない」

 首を振ると、波音は眉を寄せた。

「なんか最近佳南おかしいよ?」
「そ、そう?」
「うん。なんか、丸い? っていうか、優しくなったっていうか……?」
「あんた……、喧嘩売ってんの?」

 波音を睨みつけると波音はいやいやと顔の前で手を振った。

「でも、本当に変だよ? ぼーっとしてる」
「う、うん。そうかも、ね」

 蹲って、“あの時”のことを思い出す。


『――ごめん、凛の方が、辛いのに』

 修学旅行の二日目の朝。美沙と約束していた場所へ行こうとしていた時だった。
 聞き覚えのある声と名前に、立ち止まって声がした食堂を覗く。

 波音と凛!?

 驚きすぎて呼吸が止まる。
 泣いている波音が何か言っていて、凛が頭を撫でながら慰めていた。

 な、なにこの光景!

 なんだか見ちゃいけない気もしたけど、興味の方が勝り扉に耳をくっつける。

『――私、結構凛のこと好きかも』

 がたっ。

 波音の声を聴いたとたん、身体が震えて、足が動いていた。

 なに、今の!? 告白!? 波音が、凛に?


「――なん、佳南ってばっ!!」
「へっ、あ、何?」

 波音に揺すられて、笑顔を作る。
 私のその表情を見て、波音が訝し気に見た。

「ほら、それ」
「え?」
「いつも、『何よ?』って勝気に聞いてくるのに、そんな作り笑いして。最近私と話すときおかしくない? 美沙ちゃんと話してるときは普通なのに」
「…………」
「……なんか、あるなら言って? 私、直すから」

 不安そうに見てくる波音に、罪悪感がわく。
 だけど、いきなり『凛と付き合ってんの?』なんて、聞けない。
 あの時盗み聞きしてたのを説明しなきゃいけなくなるし。

 で、でも、ものすごく、気になる……

「波音は……」
「うん! 何?」
「その……、凛のこと、好きなの?」
「えぇ!?」

 波音はこれでもかというくらい目を丸くして、

 ――それから、顔を真っ赤にした。

「波音?」
「い、や……、どうして!?」
「え、だって、いっつも一緒にいるでしょ?」
「う、う、」

 波音は真っ赤にした顔を覆うと唸り出した。
 その反応に、私まで恥ずかしくなる。
 普通、こんな反応、しないよね?

 ていうことは、やっぱり、

「……好き、かもしれない」

 顔を覆ったまま言った波音の言葉に、何も言えなくて、彼女のことをじっと見る。
 胸の奥が、ズキンと痛んだ。

「さ、最初はね。私を私として見てくれて、優しい人だなって思ってただけだったの。でも、この前……」
「この前?」
「うん、修学旅行の時。私のために、ケーキのおいしいお店探してくれてたみたいで」

 目を見張る。あいつ、波音のためにそんなことを……。

「なんか、それ知ったら、突然凛のこと意識しちゃって。修学旅行が終わってからも、凛のこと目で追っちゃうし……」
「そ、そっか」

 恥ずかしそうにしてる波音は、本当に可愛くて。
 ああ、恋してるんだなって、わかる。

 波音に勉強を教えだして、一か月半。
 週に二日はここにきて、波音とも、ふざけて笑いあえるくらい、仲良くなった。
 だから、波音は私のことを信じて、こうやって話してくれたんだと思う。
 がんばれって、声をかけようと思った。
 あんたならいけるって、応援しようと思った。
 でも、喉がからからと乾いて、声が出ない。
 代わりに、思ってもない言葉が口から出た。

「……でも、凛ってなんかおちゃらけてるし、な、なんか裏は性格悪そうじゃない?」

 言いながら、しまったって思った。
 傷つけてしまったかもしれない。
 恐る恐る顔を伺うと、波音は予想と違って、笑っていた。

「あー、いつもへらへらしてるし、確かに裏はありそうだよね。でも、性格が悪いわけではないと思うな」

 ふふっと、嬉しそうに言う。
 波音のその、なんでも知ってるという風な言い草に、なんだかとても、イラッとした。

 ……何、よ。自分の方が、凛と一緒にいるからって。

「そういえば、凛って乗り物弱いんだね」

 意地になって、言い返すと、波音はああと頷いた。

「やっぱりそうなんだ。前一緒に電車乗ったとき具合悪そうにしてたから、そうなのかなって思ってた」

 それを聞いた瞬間、ぐさっと、何かが突き刺さる音が感じた。

 悔しかった。

 なんだかわからないけど、負けた気がした。


 ――初めての、気持だった。





24