* 暗闇が、私を襲う。 そわそわとした私は、眠れなくてそっと部屋を抜け出した。 校則が緩いということもあるのか、案外簡単に外に出れた。 海がが月に照らされて、何とも言えない、綺麗な景色が広がっていた。 「六月だけど、夜は少し寒いな」 呟きながら、海岸を歩く。 潮の香りが、鼻をくすぐる。 夜の空気は、私の心を溶かす。 いつも悶々と感じている、周りに対する嫌な気持ちを、消し去ってくれる。 好きなんだ。夜が。 「こんな時間に、何してるの」 後ろから聞こえた声に、ゆっくりと振り向く。 「……凛」 風に吹かれて、凛が私のそばによった。 一人でいたかったから外に出てきたんだけど、凛を見ても、さほど嫌な気持ちにはならなかった。 「なんでここに?」 「佳南ちゃんが出てくの見たから、追いかけた」 「そっか」 もう一度、海の方を向いて、髪を風に揺らす。 沈黙が続いたけど、別に、苦しくはなかった。 凛といると、安心する。 襲われかけた時も、助けてくれたのが凛じゃなかったら、私は怖くて逃げだしていただろう。 「凛は、不思議な人ね」 「え?」 「私、自分のこと、天才で可愛いって思ってた」 「ははっ、思ってそう」 おかしそうに笑った凛は睨みつけた。 「笑うな」 「ごめんごめん」 それでもまだ笑う凛に、少しだけ頬を緩めて、ずっとずっと遠くにあるだろう月に手を伸ばす。 「……中学の頃は、たいして勉強もしないでも学年一位は余裕でとれたし、告白もたくさんされたから、有天頂になってた。私以上にいい女なんていないって」 掠れた声で言う。 そう、いろんな人からちやほやされて、自分のことしか考えられなくなっていた。 でも、 「一番大切なことに、気付けた」 学校ではあんなに強く当たって、嫌な態度をとっていたのに、突然来た私を嫌な顔せず泊めてくれた波音。 余計なおせっかいも多いけど、私のために行動して、こんな正確に眉一つ動かさず仲良くしてくれる美沙。 二人とも、ううん、クラスの人たちだって、わがままな私に内心うっとおしく思いながらも、親切にしてくれた。 「こんな気持ち、初めて」 「気持ち?」 「うん。今までは、愛がほしいって思ってた。なんで私のことを愛してくれないんだろう。私はこんなに可愛いのに、すごいのにって。でも、違った。私が愛そうとしなかったから。愛そうとしないのに、愛なんか与えてもらえるはずがない」 腕を組んで、きょとんとしてる凛に笑いかける。 「もっと、周りにいる人のこと、大切にしようって思う。凛のおかげ」 「俺は何もしてないよ」 「ううん、凛がいなかったら、波音と仲良くならなかったし、美沙の優しさにも気づかなかった」 数歩下がって、彼を見る。 凛は、絵のようだった。 海をバックに、月が照らす。彼の白い整った顔や、細い指、長くすらっとした足が、月の光できらめく。 私は、凛に近づいて肩に手を乗せると、背伸びして頬に唇を当てた。 「え?」 ぴょんと跳ねながら離れて、照れたように笑いかける。 「それ、お礼。私のキスなんて、ダイヤモンドより高いんだからね?」 火照った頬をごまかすようにくるりと後ろを向いて、ホテルの中に入る。 キスをした後、凛は目を丸くして、驚いていた。 恥ずかしかったけど、私が凛をあんな顔させたんだって思うと、なんだか嫌な気にはならなかった。 |