8 - Kanan's perspective -


 あの時、凛に助けてもらって一か月がたった。
 別に前と何ら変わらない高校生活。ぼーっとただ過ごすだけの日常。
 あの日襲われかけてから、怖くて灰狼町にはBlooMにしか行けなかった。
 リクに会いたい。
 その気持ちは確かにあるけど、身体が動かなかった。

 あと、凛にお礼を言いたかった。
 でも、なんだか変なプライドが邪魔して、なかなか話しかけることができない。

 そうやって、悶々とした日々を送っていた、時だった。

「修学旅行の班決めをします」

 先生がそう言ったのは。


「はい、はい!! 自由に決めさせてくださーいっ!!」

 いつもしおらしく先生の言うことに従っている生徒たちが、こういうときばかりはうるさくなる。
 ちらっちらっと私を見てる奴らもいて、私は眉を寄せた。

 ――何よ、私と班が一緒になりたくないなら、素直にそう言いなさいよ。

 機嫌が悪くなり始めた私気付いたのか、そうでないのかはわからないが、先生は早々に頷いた。

「じゃあ今から4、5人のグループを作ってください」

「佳南、一緒の班になろうー?」

 始め、と言った瞬間、美沙が私に抱き着いてきた。

「いいけど、あと二人必要よ」

 その言葉に、美沙はにやっと笑った。
 嫌な予感がする、と身構えたときにはもう遅かった。

「日向くーん!! 私達の班に入らない!?」
「ちょ、なんでそうなるのよ!」

 大声で凛を呼んだ美沙に反論する。
 あたふたとする私に美沙はだってぇ、と甘えた声を出した。

「最近佳南、なんかずっとぼけーっとしてるし、日向君のこと目で追いかけてるし……、大丈夫っ! 私が上手いようにしとくからっ!!」

 ――何が大丈夫なのよっ!!

 もう一度美沙に掴みかかろうとしたとき、甘く無駄に色っぽい声が響いた。

「何? 美沙ちゃんと佳南ちゃん、俺と一緒の班になりたいの?」

 含み笑いをして現れた凛に真っ赤になって叫ぶ。

「んなわけないでしょ! 美沙が勝手に、」
「そうなの! 一緒の班になりたいの!」

 美沙が目をキラッとさせて前に出る。その様子に呆れながら、ため息を吐いた。

「でも、まだ三人だね。あと誰にしよっか」

 美沙が首を傾げて言う。その言葉に、静かに私たちの様子を見ていた周りがざわめく。
 私がいても、凛の班になりたい奴が大半だ。
 馬鹿馬鹿しい。こんな女たらしのどこがいいのよ。
 凛が口を開く前に、私は当たり前のように彼女を指さした。

「……凛といつも一緒にいる女がいるでしょ。私はあの子以外と班になるなんて絶対いやよ」

 指をさされた彼女――柏月波音は「私!?」と素っ頓狂な声を上げ、勉強を教えるためによく彼女の家に言っていることを知ってる凛と美沙は目を合わせて笑った。





「な ん で わ た し が !!」

 バスの中、美沙によって凛と隣にされた私は不機嫌面で座っていた。
 後ろを見ると、美沙と波音が仲良さげに話している。

「いいじゃんいいじゃん。佳南ちゃん、俺になんか話したいことがあったんでしょ?」

 にこにこと言う凛に驚く。

「なんで知ってんの!?」
「波音ちゃんから聞いた」

 うぐっと呻く。そう、彼女には、ぽつぽつと相談していたのだ。
 でも、その内容自体は聞いてなかったらしく不思議そうに首を傾げてる。
 私はもじもじと手を動かしていると、やがて覚悟を決めて口を開いた。

「先月、私が危険区域に入っちゃったとき、助けてもらったじゃない」
「ああ、そうだね」
「あのとき、本当に怖くて、凛が来れて、本当に良かった。……ありがとう」

 ぼそぼそと言うと、凛は目を丸くした。
 少しして、やんわりと微笑む。

「どういたしまして。でも、あんなところ君みたいなかわいい子が入っちゃいけないよ? 何されるかわからないし」

 私は黙った。反省は、してる。
 危険区域に入らなくても、灰狼町を夜に出歩くというのは危険だ。私は、馬鹿だった。
 でも、どうしても知りたいことがあった。

「ねえ、凛。私の探してる人のこと、なんだけ、ど……凛?」

 危険区域にいた凛ならリクのことを知っているのではと思い訪ねようとしたのだが、額を押さえ呻いてる姿に驚いて声をかける。

「ちょっと、大丈夫?」

 まだ6月だというのに垂れている汗に、彼の背を摩る。

「ああ、うん。大丈夫……」
「もしかして、酔ったの?」

 具合が悪そうにしている凛に目を丸くする。
 彼はははっと笑うと、バスの窓を少し開けた。

「昔から、乗り物に弱いんだよ、俺」
「へぇー。でも、前車に乗ってたじゃない」
「自分で運転するのは平気」

 そう言うと目を瞑って私の肩に寄り掛かった。

「なっ、重いわよっ!!」
「いいじゃん、俺をいたわってよ」

 いつもとは違った、苦しそうな声で言う凛に少し優越感を感じる。
 さっきから振り回されてるんだし、こういうときが合ってもたまにはいいわよね。
 寝てしまったのか、黙った凛をちらっと見る。
 甘い蜂蜜色の髪。端正な顔立ちは色白で、見ているだけで恥ずかしくなるくらい色気をまき散らしている。
 なんなんだ、こいつは。どっかのモデルか。王子様か。
 一人で考えていると、ふと、柏月波音のことを思い出した。
 転校初日から、こいつと波音はなんだか仲がいいように思える。
 知り合いだったのかと聞いても、波音は違うっていうし。
 それにしても最近、波音にはあのニコニコとした嘘くさい笑みじゃなくて、しっかりとした笑みを……、

 って、しっかりとした笑みって何よ?

 まあ、なんていうか、自分を装ってないように感じる。

「うぅ……」
「っ……」

 いきなり唸った凛にびくっとする。
 髪が首にかかって、こそばゆい。
 そういえば、波音は、凛が乗り物苦手だってことを知ってるんだろうか?
 年上だってことは? 車を運転できることは?
 もしかして、一緒にいる時間は少ないけど、知っていることは私の方が多いんじゃないだろうか。

 ……わかんないけど。

 でも、そうだったら、嬉しい。
 なんでかわかんないけど。





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