――翌日、凛は学校を休んだ。

 まあ、当然だと思う。ずっと探していた恋人が実は死んでたなんて、さすがの彼でも耐えられることではないだろう。
 それとも、もうこの学校からはいなくなるかもしれない。と私はふとそう思った。

 ――そう、だよね。もともと凛は姉さんを探しにここに来たわけだし。

 そう思うとなんだか無性に心細くなって、自らの身体をやんわりと抱いた。

 ……馬鹿みたい、私、寂しいんだ。

 ちょっとの間だけど、彼の横にいたことで、凛の存在が自分の中で大きくなっていることに気づく。
 それが意図的な計画なのが、少し悔しいけど。

「まあ、私は私として生きるって、もう決めたしね。友達が一人くらい増えても減っても、もうどうってことない」

 そうやって自分を言葉で慰め、私はよしっと立ち上がった。
 時計を見ると、もう午後七時を過ぎている。


 ――そうそう、友達と言えば……、

 ピンポンと家のチャイムが鳴り、私は玄関へ向かった。

「はーい。……やっほー、佳南。さっきぶりだね」
「……ここらへん、なんか道が分かりにくくない? 何回も迷っちゃったんだけど……」

 顔を見せて早々、眉を寄せブツブツと文句を言っている佳南に私は微笑む。

「それは佳南が方向音痴なだけでしょー! 何回私の家来てるのよ」

 リビングへ招待すると、佳南はテーブルに豪華に広げられた夕食を見て困った顔をした。

「波音……私の分はいいっていつも言ってるのに」
「えー、でもご両親帰り遅いんでしょ? 私も一人で食べるの寂しいし。一緒に食べようよ」

 背中を押してイスに座らせると、なんだかんだ言いながらも佳南は箸に手を付けた。
 料理を一口食べ咀嚼すると、そろりと様子を窺う私へ微笑んだ。

「おいしい。波音って料理上手よね」
「そんなことないよー。佳南が下手なだけ」
「…………」

 私の返しに苦々しい顔をした佳南はもごもごと口を動かして反論しようとするが、何も言葉が見つからなかったらしく黙り込んでしまう。
 その何とも言えない表情が面白くて笑った私に、佳南はじとっと私を見た。





『――昨日はありがとう』

 彼から連絡が来たのは、それから約一週間後のことだった。

「別に、そんなお礼を言われるようなことはしてないよ。それよりも、平気なの? 声、枯れてるけど」
『…………』
「……もう、平気なの?」

 声色を変えてもう一度同じことを言うと、電話ごしに彼が息を呑んだのがわかった。

『――平気なわけ、あるか』
「そっか……。学校、これ以上休むと授業ついてけなくなるよ。やめるの?」
『止めないよ。明日からはちゃんと行く。父さんにもう……無理言えないしな』
「ふーん」
『それで……、波音ちゃん、ちょっと……御両親と話をさせてほしいんだ』
「両親?」
『うん……。俺が謝っても、何の意味もないと思うけど、どうしても、彼女の人生を狂わせてしまったことを、謝りたい』
「あー……」

 ――そんなことしなくていい。

 ……なんて、言えなかった。

 作られたポーカーフェイスの中に、掠れた懺悔を含ませた彼は、一生姉のことを背負っていくのだろう。
 それを、哀れだとは思っても、同情はできなかった。
 両親は、彼らの事情を知ったらどうった反応をするだろうか。
 少し、親の反応のパターンを想像してから、私は深く目を閉じた。

「……ごめんね、それは、」
『わかってる、俺にそんな資格ないことぐらい。でも、頼む! 俺は……』
「違うの! 私にだって、凛のこと否定する資格ないよ……。あのね、私、お父さんいないの」
『……!』
「お母さんは、今仕事場で泊まり込みで働いてるから家にはいないし……。また、お母さんには時間を作ってもらうよ」
『そう、だったのか……。俺は……』
「うん?」
『いや、なんでもない。……ありがとう。じゃあ、また明日』
「うん、おやすみ」
『おやすみ』

 切れた受話器をじっと見て、私はふっとため息を吐いた。

 彼の、柔らかい甘い声が耳に残っている。

 ――姉さんが彼に惚れた理由が、少しわかった気がした。




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