私と柏月紗音――姉さんは、隣町にある赤林中学に通っていた。
 赤林中学の人はほとんどが近くにある赤林高校に進学する。
 赤林高校は、紫蘭という暴走族が支配していた。
 街を支配している睡蓮と敵対していたけど、比較的評判が良かったから、人気はあった。
 姉さんはすっごく美人で、性格も良くて、高校に上がったらすぐ、紫蘭の姫になった。
 私もよく、紫蘭のところへ遊びに行った。

 危ない人に目をつけられることもあったけど、私も姉さんも楽しかったし、それなりにうまくやってたと思う。


 ――姉さんが、敵対してる睡蓮の総長と恋に落ちたという噂を聞くまでは。


 姉さんが姫になって二年したころ、その噂は広がった。
 私は詳しくは知らないけど、二人がキスしている写真が紫蘭の元へ送られてきたらしい。
 紫蘭の姫が守らなければならない掟は一つ。
 チームを愛し、決して裏切らない。
 敵対しているチームの総長と付き合ってるなんて、裏切ったことに変わらない。
 紫蘭は怒り、私は困惑した。

 あの時のことは、今でも忘れられない。

「嘘だよね? 姉さん」
「……ごめんね、波音」
「なんで? なんで紫蘭のこと裏切るの?」

 姉さんは黙った。そして、私を抱きしめて言った。

「あの人を、愛してるから」


 ――そして、姉さんはいなくなった。

 学校にも来ないし、家にも帰ってこない。
 紫蘭は必死で探し回ったけど、見つからなくて。
 でも私は信じてて。
 多分、睡蓮の総長と幸せに生きているんだって、思った。

 だけど、一本の電話が、私をどん底に突き落とした。
 姉さんは殺されていた。
 それも、紫蘭の男たちに。

 捕まった、その男たちは言った。
 裏切り者を粛清した、と。

 その男たちは紫蘭の中でも下っ端で場所もここからずっと遠いところだったから、紫蘭は姉さんが殺されたことなんかまったく知らなかった。
 もちろん、睡蓮も。
 私はその事実を知って、なんだか馬鹿馬鹿しいって思った。
 だから、隠した。母さんに頼んで葬儀も身内だけでやってもらって。

 その事実を知られないようにした。
 私は次期姫候補だったけど、進路を変えて紫蘭から縁を切った。

 憎かったんだ。
 姉さんを殺した紫蘭が。
 その理由を作った睡蓮が。





 揺れる電車の中で、沈む夕日をじっと見た。

「俺と、紫蘭のせい、で……」

 ぽつりと、隣で呟いた凛にちらりと視線を向ける。
 凛はいつもの覇気のある態度からは想像もできない、弱り果てた表情をしていた。

 ……ほらね、こうなること、わかってたから。皆、みんな。

「勘違い、しないでね」
「え?」
「私は、紫蘭と睡蓮、貴方を憎んでる。でも、客観的に見れば、これは、姉さんと姉さんを殺した男たちのせいなんだよ」
「でも、俺は……」
「貴方は悪くないって、思う。確かに、もし貴方が姉さんを好きにならなければとは何度も思うけど、人を好きになるなんて、自由だもん。姉さんを好きになったこと、誰にも文句は言わせちゃいけない」

 ぶっきらぼうに言うと凛は目を深く閉じて私の肩に顔を預けた。

「……あり、がとう」

 掠れた甘い声と温かい雫が、首をくすぐった。





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