がぶりとフレンチトーストに噛みつくとじゅわりとした甘さが口の中に広がった。

「ん、ふぉいひいっ!!」

 口の中に詰め込んだまま、その場でぴょんぴょんと跳ねる。
 前私が自分で作ったのより断然おいしい!!
 無我夢中になって完食すると、凛が黙ってコーヒーを差し出してきた。

「あ、ありがとう」

 無表情な彼に、凛も食べたかったのかな? と思いつつ受け取ろうとすると、コップをぐいっと引かれた。

「え、」

 凛は反動で前に倒れた私の腕を引き、自分の唇を私の唇に重ねる。

「ん!?」

 何が起こったかわからずパニック起こす私の頭を左手で押さえ、彼はキスをより深くした。
 抵抗できずなすがままにされる。


 ――甘い。それは凛の唇だろうか、それとも、私の口についた蜂蜜の味か。

 凛が私の歯肉を下でなぞった途端、力が抜けてがたっとコーヒーカップを落とした。


 どれくらい、経ったのだろうか。

「――店でなにしてんだーーーっっ!!!」

 私たちに気が付いた佐藤さんが私と凛を引き離し、顔を真っ赤にして放心してる私の背を撫でた。

「君、大丈夫?」

 私に声をかけてから、彼女は眉をぴくぴくさせて凛を睨む。

「あんた、いきなり何してんのよ……」

 ぽかんとしていた凛はいやあと頭をかくと清々しく笑った。

「あんまり波音ちゃんが可愛かったから、ちょっと欲情しちゃって」
「欲情しちゃって、じゃないわよ!! 次この店を乱すようなことしたら出禁だからね!」

 その後、私たちは目を吊り上げた佐藤さんに追い出された。
 おいしかったことを伝えると笑ってくれたからあまり怒ってなかったと思うけど……。

「……最低」
「ごめんって」

 先を歩く私に謝りながらついてくる凛を睨む。
 ごめんと言いながらもにこにこ笑ってる彼は多分、いや絶対反省してない。


 広場に出たところにあったベンチに座ると凛も隣に座った。

「でも、波音ちゃんも悪いからね? あんな可愛い顔されたら男としても黙ってられない」

 言い訳を続ける凛にじとっとした視線を送る。
 そこをこらえるのが紳士ってもんでしょーが。

「まあ、いいけど」
「でも、波音ちゃん思ったより動揺してないね。キス初めてじゃないんだ」
「そんなの凛に関係ないでしょ」

 きっぱりと切り捨ててから、ほっと息を吐く。
 一時はどうなるかと思ったけど、凛はこれ以上私に手を出してくるようなこともなさそうだ。

「……それより、聞きたいことがあるんだけど」
 これ以上さっきの話題に触れられてはたまらなかったので、話を思いっきり変える。

「何?」
「……昨日、佳南のこと危険区域で助けたんだよね? なんでそんなとこにいたの?」


 ――そう言った途端、私たちを取り巻く空気ががらりと変わったような気がした。

 凛の表情が消え去り、光の失った瞳が私を見る。
 その様子に怯えながらも私もじっと見つめ返した。

 男の人って怖い。いろんなことが、女より優れてるし、力がある。
 ちっぽけな私なんて、多分ちょっと吹かれただけで飛んでっちゃうんだ。

 でも、ここで逃げたらダメ。
 あの時みたいに、逃げたらダメ。
 瞬きもせずにむる私に、ふっと、凛の視線がそれた。

「別に、特に意味はないよ」
「嘘。佳南は、凛が自分を襲った男たちと知り合いだったって言ってた。危険区域にいる人たちと知り合いの人間が、意味もなく危険区域に行くはずがないよね? ねぇ、本当のこと言って。私にはそれが、すごく重要なことなのっ!」

 私が叫ぶように言ったその言葉を合図に、凛は振り向いてがっと私の肩を掴み、眼鏡をはずした。

「じゃあ、俺も聞く。君の後ろに、いるはずだ!」

 くしゃっと顔を歪めた彼を、まっすぐと見つめる。

「どこだ! 彼女は、彼女はどこにいるんだ……っ」









――紫蘭の姫、“柏月紗音”は!!!












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