一晩するとすっかり立ち直ったらしい佳南を見送ってから、私は少し身支度を整えた。
 最近、家にこもっていたせいで冷蔵庫は空っぽだ。

「眩し……」

 外に出ると、容赦なく太陽が私に襲い掛かって来る。今日はいつにもまして快晴だ。

 ――嫌味なくらい。

 家から少し離れたスーパーで買い物を済ませてから、行く当てもなく繁華街をぶらぶらと歩く。
 どうしよう…‥たまには昼食を外でとるのも良いかな?
 よし、と意気込み、私はスマホを取り出した。近くにあったベンチに腰掛け、どこかいいお店はないかと調べていたとき、

「……波音ちゃんもスマホとか触るんだね」
「そりゃぁ、当たり前でしょ……って、きゃああ!!」

 横から声がして、驚きに飛び退いた。知らぬ間に私の隣には人がいた。

 ……それも、偶然か故意か、昨日から会いたかった人――悪い意味で。

「凛……もう、なんで普通の登場ができないの?」
「いや、波音ちゃんの驚く顔が見たいと思って」

 にこにこと、相変わらずの彼にため息を吐く。
 歩き出すと、凛も隣にくっついてきた。

「ついてこないでよ」
「俺は君に用があったんだよ。……もしかしてどっかお店探してるの? それなら俺いいとこ知ってるよ。奢るし」
「う、ん……」

 『奢る』という甘い言葉に、つい頷いてしまう。
 そんな私を面白そうに笑い、凛は私の前を張り切って歩き出した。
 ため息を吐いてから、渋々彼についていく。

「佳南ちゃんの様子はどうだった?」
「……昨日は結構辛そうだったけど、今朝は平気みたいだったよ。……まあ、多分見かけだけだろうけど」

 完全に恐怖を取り除くのはもう少し時間がかかるだろう。
 そう私が伝えると、凛は対して興味もないように頷いた。
 思ったより、素っ気ない返事に、やっぱりと心の中で疑心を確信に変える。

 ここ一週間、彼が執拗に私のそばにいるから、少しずつ彼のことがわかってきた。
 この人は基本、あまり人に興味を示さない。
 女の子達に囲まれてるときはニコニコしてるけど、ふと気が付くとどこか虚空を見てる。
 嫌いとか、苦手とかじゃないんだ、多分。本当に興味がないの。少しわかるけど。

 ――あ、でも、凛って女の子口説くときも受け身だけど、佳南に対しては結構ぐいぐい行っていたような……。

 そう考えるとますますわからなくなってうーん、と頭を抱える。



 悶々としながら、凛の後をついて行っていると、なんとなく辺りの雰囲気が変わったような気がした。
 あれ、と思って周りを見渡してから、急いで凛の傍による。

「ちょ、ちょっと凛」
「ん? なに?」
「ここ灰狼町じゃない……。私ここであまり長居できないよ?」
「ああ、星蘭だから?」
「そう……、ねぇ、どこに行くの?」
「大丈夫だよ。あまり昼は人いないし」

 答えになってないし、人気がないって逆に危険なんじゃと思いながら、いざとなったら助けを呼ぼうと片手にスマホを構える。
 さっきまであんなに晴れてたのに、日は陰り、心細くなった私は思わず凛の腕を掴んだ。

「ちょっと、まだつかないの?」
「…………それ無自覚? まあいいけど。着いたよ」





「いらっしゃいませー……って、凛君!!」

 連れてこられたところ、それはこじんまりとした喫茶店だった。
 私たちが入ると、優しそうな顔をした女の人が出迎えてくれた。

「こんにちは、佐藤さん。女の子、連れてきたよ」

 凛が天使のような笑みで私を差し出す。
 佐藤さんはそれに頬を赤らめると、私たちを奥のテーブルに座らせた。

「紹介するね、この人、俺の知り合いの佐藤さん」
「よろしくねー」
「あ、よろしくお願いします」

 何が、よろしくなのか。
 意味も分からずぺこりと頭を下げる。
 佐藤さんが奥へ引っ込むと凛が説明してくれた。

「あの人ね、最近ここを開店させたばかりなんだけど、作った料理がちゃんとおいしいか不安なんだって」
「はあ」
「それで、俺や、女の子に味見して感想をもらいんだって」
「それで、私を?」
「うん。波音ちゃん、食べること好きそうだから」

 にこにこと笑う凛にぽかんとする。
 どこをどう見たら私が食べること好きそうに見えるのだろうか。
 まあ、実際好きなんだけど。

「凛って変だよね」
「え、ひどいなあ。なんで?」
「んー、なんか何考えてるかわかんないのに、時々鋭いし、もしかして私より年上?」

 何気なく聞いた質問に、凛は頷く。

「多分。俺19」
「19!?」

 うそ、全然知らなかった。

「蒼一にいたとき、二年留年したんだよ」
「そ、そうなの……」

 凛はにやっとして私を見る。

「びっくりした?」

 こくこくと頷くとははっと笑う。
 でも年上だと知って見ると、確かにそうかもって納得した。
 他のクラスの男子より大人びてるし、色気まき散らしてるし。
 そういえば、今日は当然制服じゃなくて、凛によく似合うカジュアルな服装をしている。
 改めて考えると今私、年上もの男の人と二人で喫茶店に来てるってことだよね?
 急に意識しちゃって、かあっと赤くなる頬に手を当てる。

「どうしたの? ここ、熱い?」

 何もかもお見通しっぽい凛がにやにやしながら私を手で仰ぐ。
 それが悔しくて、ぱっと凛の手をはたいた。

「別に熱くない。ちょっとびっくりしたの」
「へぇ。波音ちゃんは年上が好みなんだ?」
「そう……って違うわっ!!」

 からかってくる凛に真っ赤になっていると、佐藤さんがコーヒーとフレンチトーストを運んできた。

「こら、凛。女の子をあんまりからかわないの。それで、これ。お金はいらないから、後で感想くれると嬉しいな」

 佐藤さんが蜂蜜がたっぷりかかったフレンチトーストを指して言う。
 感想っていうか、食べる前からすっごくおいしそう。

「本当に、ただなんですか?」
「もちろん。ただじゃなくても、代金はこいつに払わせるから大丈夫」

 ばんばんと背中を叩かれる凛。
 にこにこと笑顔は崩してないけど、頭に怒りマークが浮かんでいるのがわかる。
 焦ってありがとうございますと言うと、いいのいいのーと言って佐藤さんは去っていった。

「佐藤さん、いい人だね」
「んー、そう?」
「うん」



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