5 一晩するとすっかり立ち直ったらしい佳南を見送ってから、私は少し身支度を整えた。 最近、家にこもっていたせいで冷蔵庫は空っぽだ。 「眩し……」 外に出ると、容赦なく太陽が私に襲い掛かって来る。今日はいつにもまして快晴だ。 ――嫌味なくらい。 家から少し離れたスーパーで買い物を済ませてから、行く当てもなく繁華街をぶらぶらと歩く。 どうしよう…‥たまには昼食を外でとるのも良いかな? よし、と意気込み、私はスマホを取り出した。近くにあったベンチに腰掛け、どこかいいお店はないかと調べていたとき、 「……波音ちゃんもスマホとか触るんだね」 「そりゃぁ、当たり前でしょ……って、きゃああ!!」 横から声がして、驚きに飛び退いた。知らぬ間に私の隣には人がいた。 ……それも、偶然か故意か、昨日から会いたかった人――悪い意味で。 「凛……もう、なんで普通の登場ができないの?」 「いや、波音ちゃんの驚く顔が見たいと思って」 にこにこと、相変わらずの彼にため息を吐く。 歩き出すと、凛も隣にくっついてきた。 「ついてこないでよ」 「俺は君に用があったんだよ。……もしかしてどっかお店探してるの? それなら俺いいとこ知ってるよ。奢るし」 「う、ん……」 『奢る』という甘い言葉に、つい頷いてしまう。 そんな私を面白そうに笑い、凛は私の前を張り切って歩き出した。 ため息を吐いてから、渋々彼についていく。 「佳南ちゃんの様子はどうだった?」 「……昨日は結構辛そうだったけど、今朝は平気みたいだったよ。……まあ、多分見かけだけだろうけど」 完全に恐怖を取り除くのはもう少し時間がかかるだろう。 そう私が伝えると、凛は対して興味もないように頷いた。 思ったより、素っ気ない返事に、やっぱりと心の中で疑心を確信に変える。 ここ一週間、彼が執拗に私のそばにいるから、少しずつ彼のことがわかってきた。 この人は基本、あまり人に興味を示さない。 女の子達に囲まれてるときはニコニコしてるけど、ふと気が付くとどこか虚空を見てる。 嫌いとか、苦手とかじゃないんだ、多分。本当に興味がないの。少しわかるけど。 ――あ、でも、凛って女の子口説くときも受け身だけど、佳南に対しては結構ぐいぐい行っていたような……。 そう考えるとますますわからなくなってうーん、と頭を抱える。 悶々としながら、凛の後をついて行っていると、なんとなく辺りの雰囲気が変わったような気がした。 あれ、と思って周りを見渡してから、急いで凛の傍による。 「ちょ、ちょっと凛」 「ん? なに?」 「ここ灰狼町じゃない……。私ここであまり長居できないよ?」 「ああ、星蘭だから?」 「そう……、ねぇ、どこに行くの?」 「大丈夫だよ。あまり昼は人いないし」 答えになってないし、人気がないって逆に危険なんじゃと思いながら、いざとなったら助けを呼ぼうと片手にスマホを構える。 さっきまであんなに晴れてたのに、日は陰り、心細くなった私は思わず凛の腕を掴んだ。 「ちょっと、まだつかないの?」 「…………それ無自覚? まあいいけど。着いたよ」 * 「いらっしゃいませー……って、凛君!!」 連れてこられたところ、それはこじんまりとした喫茶店だった。 私たちが入ると、優しそうな顔をした女の人が出迎えてくれた。 「こんにちは、佐藤さん。女の子、連れてきたよ」 凛が天使のような笑みで私を差し出す。 佐藤さんはそれに頬を赤らめると、私たちを奥のテーブルに座らせた。 「紹介するね、この人、俺の知り合いの佐藤さん」 「よろしくねー」 「あ、よろしくお願いします」 何が、よろしくなのか。 意味も分からずぺこりと頭を下げる。 佐藤さんが奥へ引っ込むと凛が説明してくれた。 「あの人ね、最近ここを開店させたばかりなんだけど、作った料理がちゃんとおいしいか不安なんだって」 「はあ」 「それで、俺や、女の子に味見して感想をもらいんだって」 「それで、私を?」 「うん。波音ちゃん、食べること好きそうだから」 にこにこと笑う凛にぽかんとする。 どこをどう見たら私が食べること好きそうに見えるのだろうか。 まあ、実際好きなんだけど。 「凛って変だよね」 「え、ひどいなあ。なんで?」 「んー、なんか何考えてるかわかんないのに、時々鋭いし、もしかして私より年上?」 何気なく聞いた質問に、凛は頷く。 「多分。俺19」 「19!?」 うそ、全然知らなかった。 「蒼一にいたとき、二年留年したんだよ」 「そ、そうなの……」 凛はにやっとして私を見る。 「びっくりした?」 こくこくと頷くとははっと笑う。 でも年上だと知って見ると、確かにそうかもって納得した。 他のクラスの男子より大人びてるし、色気まき散らしてるし。 そういえば、今日は当然制服じゃなくて、凛によく似合うカジュアルな服装をしている。 改めて考えると今私、年上もの男の人と二人で喫茶店に来てるってことだよね? 急に意識しちゃって、かあっと赤くなる頬に手を当てる。 「どうしたの? ここ、熱い?」 何もかもお見通しっぽい凛がにやにやしながら私を手で仰ぐ。 それが悔しくて、ぱっと凛の手をはたいた。 「別に熱くない。ちょっとびっくりしたの」 「へぇ。波音ちゃんは年上が好みなんだ?」 「そう……って違うわっ!!」 からかってくる凛に真っ赤になっていると、佐藤さんがコーヒーとフレンチトーストを運んできた。 「こら、凛。女の子をあんまりからかわないの。それで、これ。お金はいらないから、後で感想くれると嬉しいな」 佐藤さんが蜂蜜がたっぷりかかったフレンチトーストを指して言う。 感想っていうか、食べる前からすっごくおいしそう。 「本当に、ただなんですか?」 「もちろん。ただじゃなくても、代金はこいつに払わせるから大丈夫」 ばんばんと背中を叩かれる凛。 にこにこと笑顔は崩してないけど、頭に怒りマークが浮かんでいるのがわかる。 焦ってありがとうございますと言うと、いいのいいのーと言って佐藤さんは去っていった。 「佐藤さん、いい人だね」 「んー、そう?」 「うん」 |