(二)
最北端の、とある城の端の端に、部屋はある。無駄に煌びやかな城、の一部、と言うのも戸惑われるほど質素な、悪く言えば粗末すぎる部屋。家具は一切無く、布団の類もない。部屋の入り口には厳重に閉じられた襖。もちろん柄は一切無い。座敷牢、という表現が一番分かりやすい。人が出ぬよう、人が来ぬように。
そこでわたしは、目を開けた。今日も、目覚めることのできた自分に安堵する。
常に金糸交じりの打ち掛けを引っ掛け、肩が重い。こんなに重いのは柄のせいだろう。いったいどれだけの糸が差し込まれているのやら。肩が重い。痛い。否、全身が悲鳴を上げている。どうやら、壁にもたれて眠っていたらしい。
体をほぐそうと、伸びをする、と、目の前が暗闇に落ちた。歪む。上も下も右も左も分からなくなる。体が、崩れる。手を畳に付こうとして、気が付けば頬が畳に触れていた。頬から、肩、腰、足まで。気持ち悪い。揺れる、頭が。妙だ、足が。
しばらく時を置いて、目が正常に働き始める。まだ気持ち悪い。頭も、足に残る、皮膚をさすような奇妙な感触も。
「あーぁ」
飢えと、痺れ。横になった体制のまま、足を少し伸ばして脹脛に触れる。それだけで、痺れが全身に回る。足先からじわじわと、じわじわと来る異様な感触。身震いがした。
「朝…」
ただ一つの天窓から、明るくなる室内。いくら外が明るくなってもこの部屋には明かりも無いので、薄暗いことに変わりは無いけれど。
「大丈夫」
夜が、明ける。少しずつ、確かに。
「大丈夫、大丈夫。慣れたから、大丈夫。耐えろ、耐えろ、耐えられるから。大丈夫だから」
体が震える。知らない。気付かない。顔を覆う。先とは違う、暗闇になる。
轟く、慟哭。歪む泣き顔。溢れ出す涙。跳びだそうとするあの子を押し留めるたくさんの、村人の手。それでいい。こちらに来てはだめ。あんなに叫んで、あんな顔をして、あんなに押さえ込まれて。痛かったろうに。悔しかったろうに。原因は、自分。何も出来なかった。ただ、離れて行くあの子を、豆粒のようになって行くあの子を、見ていることしかできなかった。腹立たしい。厭わしい。この場所も、場所から抜け出せぬ自分も。きっと、あの子は、今も、痛がっている。悔しがっている。そういう、子だから。…なら、わたしは
「平気。耐えられる。大丈夫」
絶対、大丈夫。一人じゃない。わたしは、一人じゃないから。大丈夫。わたしは、大丈夫だから
『ここは、何なんだ…』
低い声。は、と息が詰まる。あの、たくさん背負った重い声に、貫かれたよう。息をしなければ。詰まって、詰まって、やっと、圧迫が消え、肩が大きく、上下した。
「あの人…」
おそらく、ずっと上の立場に居る人間だろう。彼が、どうして。
どうして、彼があんなところに来たのか。どうして、迷い込んでしまったのか。私が、呼んでしまったのだろうか。
つくづく自分がおぞましいと、己に宿る異能に苦笑する。夢に他人を引き込むなんて
『あんた、誰だ』
武家の格好をしていた。見事な兜から、上の人間だろう。あんな複雑な目、始めて見た。けれど異能を持っているようには感じられなかった。ただ強くて気高くて、でもそれだけじゃなくて。
あぁ、見た事がある。母御を待ち続ける迷子のような、幼子の目。そっくりだった。母を求めているのに、切り裂かれるような思いを押し殺そうとしたあの子の目に。
だから、こんなに気になるのだろうか。だから、こんなに胸が荒れるのだろうか。ならば、名ぐらい聞いておくべきだったか。
そう考え、慌てて打ち消した。名を聞けば、繋がってしまう。そのためにまた来てしまうかもしれない。駄目だ。次、自分にどれほどの力が残されているかわからないからまた引きずり込んでしまうかもしれない。駄目だ。
それは、いけない
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