忘れ雪 | ナノ

  (三)


煙が漂う。煙管の火皿がわずかに燻っていた。火はとっくに消えてしまっている。うつら、うつらと、思い出すは先ほどまでの夢現。

「…ね様、政宗様」

霞がかった思考に滑り込む声。聞き馴染んだ男の声だ。律儀に呼び続けるのに、少し口端がつり上がる。

「あぁ…起きてるぞ、小十郎」
「はっ。おはようございます、政宗様」

朝っぱらから堅苦しい奴だ、なんて言葉は隠しておく。言えば、いちいち正しい小言の嵐だ。だから、

「あぁ」

だけにした。起き上がる、と、冷えた空気に体が触れ、眉が跳ねた。障子を見れば極小の影が下に流れ続けている。音がする。静かに幽かに、密やかな、水の音。

「雨か」
「はい。…失礼します」
「いいぜ」

許しを得て障子が僅かに開き、隙間から無骨な手が入る。見た目に反して静かに、そのまま障子を開け放った。膝を着いているのは、やはり、竜の右目と称される男。水気を持った空気が部屋に流れ込む。雨だけにしては、寒さが強い。

「来やがったな」

舌打ちしながら言う。奥州の独眼竜に従者が頷いた。

来る。空も地も閉ざされる、どうしようもなく容赦の無い季節が。火皿に灰を落とし、煙管を盆に置いた。常から険しい右目の顔だが、今はさらに鬼気迫るものがある。こういう顔をした奴が、うまい話を持ってくるわけが無い。

「で。何を持ってきた」
「…北より火急の知らせが」
「A? What’s happen?」
「最北端の農民が…一揆を」

空はもう、凍てつき始めた。

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