人形の館、庭内

この館(家と呼ぶより館の方が正しい気がする)、とにかく広い。建物自体も大きいけど庭があって池があって。上流階級の方と見た。でもどうやら稼ぎ頭は今いないらしい。詳しくは知らないけど。今館には私がここに来て初めて会った女の子とその母と叔母が住んでいて、お手伝い、執事、用務員が出入りしているらしい。この時点で一般家庭とはちと違う。私がよく会うのは少女礼美ちゃんとその叔母典子さん。

庭に(正確には池に)紛れ込んだ私が居座るのを礼美ちゃんと典子さん以外は渋ったみたい。当たり前だと思う。大きさで言えば簡単に礼美ちゃんを吹っ飛ばせるし、噛みつけばどんな大けがをさせるかわからん野良わんこ(ほんとは狼)だ。予防接種何それ?状態。だけど、頑として礼美ちゃんが保健所に連絡することを拒否したのと私が飼い犬としての世話が不要ということで居させてもらうことになった。でも、動物病院とかに連れていかれたら絶対大騒ぎになったと思う。まずオオカミ様の体って排泄しない。食べ物はドッグフードじゃなくても割と何でも食べるけど。一応食べる前にオオカミ様に大丈夫か聞くのだけど、すでに尻尾全力で振っているし。なんせオオカミ様だ。中身がどうなってるかなってわからん。むしろ中身あるのだろうか、このもふもふ。

「さやー」

呼ばれた。そうそう、私の名前。さやになった。今まで犬っころとか毛むくじゃら白饅頭とか呼ばれていたけど(悪口か!そこまで太ってない!…はず)礼美ちゃんがやっと名前らしい名前つけてくれた。礼美ちゃんが持っている人形、ミニーと並んでミッキーだったらどうしようかと思ったけど(ネズミじゃないし、雄でもないぞ)呼ばれたけど私は腹這いのまま待ての体制。飛びかかると家族がはらはらどきどきだからね。

本日の礼美ちゃんはワンピース姿に腕の中にはミニーが。何度見ても怖いくらいに精巧な作りだ。かわいいけどね。見るたびに背筋がぞくぞくする。こわいな、人形って。逆に礼美ちゃんは人形みたいにかわいいけど純粋に愛らしい。現在私の頭なでなで中。そうそう、そんな感じの力加減。首筋もっと。耳の後ろとかもどうぞよろしく!

「ふわふわー」

そうでしょそうでしょ。今日はいつもよりふわふわもこもこ当社比2倍!は言い過ぎた。私が伏せのままでいると、礼美ちゃんが抱き着いてきた。いいな、私もやりたいな。できないけど。同時に、人形が私の体に触れ、ぞわりと全身の毛が逆立つ。

「さや?」

礼美ちゃんに不思議そうな顔をされた。何でもないよ、と尻尾を振っておく。

「礼美―」

ほらほら小さなお姫様、叔母さまがお呼びだよ。典子さんはもふもふに埋もれている礼美ちゃんと見て目を丸くしたけど、微笑ましげに近づいてきた。

「さやに遊んでもらったの?」
「うん。柔らかいの」
「そう。さや、ありがとうね」

何の何の。私は何もしてませんぜ。でもあいさつ代わりに尻尾ふりふり。典子さんがまた笑って私の頭を撫でてくれた。優しい手つきだなー。

「礼美。お客様が来たの。あいさつしに行きましょう」

ん?お客様?



◇ ◇ ◇


さて。一人(というか一匹)になってしまった。ざわざわと風が吹く。嫌な予感が、すごくする。

『あそぼ。あそぼ』
『わんわん』
『あそぼうよ』

知らない知らない。なんか聞こえるけど知らない。またうとうと…したいのだけどね!本当は!私一人しかいないはずなのにね。礼美ちゃんはいないのにね。この館には子供は礼美ちゃんだけなのに。意地でも目は開けないから。目を開けた瞬間腰を抜かす自信がある。だってあの子たち、私が真剣に怖がっているのを察している。それがさらにあの子たちのやる気を引き出してしまったらしい。

『あそぼうよ?』

実体験を基にした例を挙げよう。うとうとしているときに視線を感じて下を見れば、子供の顔だけが(ここ重要)自分の前足の間から生えていたとか。地面に手だけ出しておいでおいでしたり(一人二人の数じゃない)
や・め・て!気を抜けば尻尾や髭を引っ張ろうとするしあわよくば肉球にも触ろうとしてくるのだ。しかも決まって私が一人の時に。

『まだ?』
『あそばないの?』
『おねむ?』
『おこさないと』

やだやだやだ。リアルホラーとか絶対やだ。そう、思っていたのに。周りが一段とざわついた。さざ波のように聞こえていた声が近づいてくる。オオカミ様の体はわかってしまう。この身に集う視線を。興味と欲求が迫ってきている。マジ泣きしながら得た経験は語る。このままでは何されるかわかったもんじゃない!

私は私自身の恐怖と本能に従って四足で駆け出した。後ろの空気が不穏すぎる。そして走る私の後を追ってきているのがわかる。だって嫌な気配が一定の距離でついてきているのだから全力である。必死である。逃げることしか考えていない。急には止まれません。

突然だけど、私はオオカミ様の体に“居候”している身である。体を“動かさせてもらっている”だけであって、未だに四本足の動きは不慣れだ。時間をかけて歩いたり走ったりはできるようになった。でも、まだまだ運転免許取り立て。若葉マーク。急に方向を変えることはできない!

「え?え!?」

なので、目の前に急に女の子が出てきたとき、半ばパニックになった。頭真っ白。止まれないし方角を変えれない。

ぶつかる!

「あぶない!」
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