病院

病院に搬送された少年は一命を取り留めたらしい。あれから幾日かたった。集中治療室?っぽいところにいた少年は病棟に移った。持ち直したらしい。何で知っているかって、あの年配の警察官が教えてくれるから。事情聴取の為少年の容体を知りたいのだろうけど、情報収集ついでに病院の庭に張り付いている私にも現状を教えてくれる。私わんこなのに。いい人だ。傍から見たら不思議な光景なんだけど。
何よりご飯くれるし!毎日じゃなくてちょっとずつだけど。多分慣れさせちゃいけない、て思ってるんだろうな。若手警官も時々持ってきてくれるけど、そっちには手を付けません。私は食べ物につられて自分に警棒向けた人に尻尾振るほど安い女じゃないの!…嘘です、未だにちょっと怖いだけです。だって本当に迫力満点の眼光だった。一切差し出されたご飯に近づかない私に若手警官は毎回ちょっとだけ肩を落とすんだけど。ごめんね。本能がね。

ここからだと一階窓側ベッドが近い。多分警官が説明してくれたのかな。病院から追い出されることはなさそう。まぁ、ここら辺は入院患者も職員も通らないし、衛生面でも中に入ることはないから許されたのかな?よくわからん。本当は保健所とかどっかに預けられるのだろうけど。私がここを離れないと知って諦めてくれた。主人の為だもんな、とか感慨深げに言われた。主人じゃないです飼い主じゃないです初対面ですごめんなさい。でも時々ご飯くれてありがとう。

今日も今日とて、病院の傍でごろん。日に照らされてもふもふ度がアップしてる気がする。時々病室の窓から何人か見てくるんだよね。耳が拾った音によると飼い主のために体張ったとか、主人が目覚めるのを待ってるとかまるで忠犬ハチ公の扱い。いえいえ。ここにいればご飯くれるからです。煩悩だらけでここにいます。まぁ、少年が心配なのも本当なんだけどね。時々窓の桟に足を引っ掛けて病室をのぞき込むのだけど、一向に目覚める気配はない。そしてタイミングが合うと部屋に来た看護師さんがちょっと笑いかけてくれる。それにも元気をもらうのだけど、変わらぬ少年を見るたびに自然と尻尾と耳が垂れ下がって“クーン”って情けない声が出る。本能だよねもう。私の心情でもあるけど、私の“宿主様”の影響もある気がする。宿主様も少年のことが心配なんだなぁ、と思いながら。窓から見るしかできない。今日も今日とて窓の下で腹這いになる。眠気が来た。おやすみなさいー。

「…え?」

て、寝たはずなのだけど。ここは夢、だよね。うん、夢だ。だって私が二本足で立っているから。手も顔ももふもふしてない。尻尾もない。服はちゃんと着ている。思わず自分の喉から人の言葉が出た。大混乱。たとえ夢であっても、こんなきっちりと思考できるもの?どうなのよ、そこにいる宿主様。いいえ、オオカミ様。
私の目の前にいたのは私。違う。私の宿主様。白い狼。狼だよ。犬じゃない。わんこにしか見えないけど。そんな狼、只今全力で尻尾振ってる。

「あの、そんな尻尾振られても…どわ」

飛びかかられた。痛い。夢なのに痛い。そして地面が見えないのに背中打った。しかもまだ伸し掛かっている。

「わわ、はい。こうして会うのはお久しぶりです。だけど、そろそろどいて欲しいです、オオカミ様」

聞いて―。や、会えて嬉しいのは私もなんだけど。至近距離から鼻息来るし重たいし熱いし。臭くないのはオオカミ様だから?夢だから?あー、夢だけど夢じゃないのかな?だって私の体はもうないからね。まぁいいや。こうしてじゃれるの、次いつできるかわかんないし。

「で、わざわざ私と別になった要件は何でしょう」

史実では日本書紀に名前が出てくるカミサマ。実際は桜餅大好きの白い狼、なんて。私実際に見るまで信じてなかったのだけどなぁ。鮮やかな紅い隈取を持つ白い狼、とかそうそういないだろうけど。背中や額、目の周りを彩る紅をなぞりながら思う。ちょっと大人しくなったオオカミ様。何かもの言いたげ。でも、このカミサマ言葉はわかるけど話せない。何となく、言いたいことをつかむしかない。それより、自分が言いたいことを伝えてしまおう。

「少年を助けた時はありがとうね」

少年に止めを刺そうとしたタイヤがパンクしたのは、このもふもふわんこのおかげ。オオカミ様の名前は伊達じゃないんだよ。何か不思議な力持ってるんだよ。タイヤをパンク…というか一部切断したのは一閃ていう、物を切る力。オオカミ様が尻尾で横一文字を描いてくれた。他にもいろいろあるらしい描く力、名を筆調べ。奥が深いです、意外と。私だけだったら少年を助けられなかった。お礼も込めてわしゃわしゃと白い毛皮を撫でる。手触りいいわー。オオカミ様も尻尾振ってくれた。そして、走り出した。…え?

しかも、私の視点が人ではなく、四足わんこに戻ってる。でもって、病院の敷地にいた。でも、足が止められない。走る。駆ける。風が起きる。何でか蹴った地面から花が生えて花弁が舞ってる。どゆこと?オオカミ様の神通力?
本当に、どこいくの?

今体の支配権はオオカミ様にある。こうなったら止められない。私はオオカミ様の体に居候しているだけなのだから。でも、ねぇ、ちょっと待ってよ。


そっち池―!!!!!!!!!!!!!!!!


て、叫ぶ間もなく落ちた。池に。ぼっちゃんと。




◇ ◇ ◇




池と言っても患者さんが溺れないようにごくごく浅いものだったのに。子供が入っても足がつくくらいの。でも、何でか水に飛び込んだら全身水中に浸かっていた。息もできなくてパニックになった私。そしたらすぐに水面に出た。でも、そこは病院じゃなかった。何この瞬間移動。オオカミ様そんな力も持っていたの。水面に出た瞬間、再び私の意志で体が動かせるようになった。ちょ、そこで戻されても困る。沈む。もふもふが水吸い込んで沈むから。

必死で犬掻きして這い上がった場所は広い池。

「わんちゃん?」

女の子の声。少し離れたところに、いた。正直に言うと、すんごくかわいい。ワンピースを着た、いくつくらいだろう。十歳、より下かな?それくらいの女の子が目を真ん丸にしてた。やばい、見られた。でもとりあえず、水を払いたくって本能に従って全身震わせた。そうすると、女の子にもかかっちゃったらしい。ひあ、と小さく悲鳴を上げて、でもくすぐったそうに笑った。

「冷たい」

ごめんなさい。いくら梅雨明けで熱くても水がじわじわとしみ込んでくる感触に耐えられませんでした。

「わんちゃんどっから来たの?」

物怖じしない子なのか。私がおとなしいせいなのか。女の子が近づいてきた。私一応もふもふでも狼なんだけどなぁ。

「礼美?どうしたの…あら」




そんなこんなで、礼美ちゃんと典子さんに会いました。

典子さんは最初目を白黒させてたけどご飯くれた。いい人!
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