人形の館、玄関

結論から言うと、女の子は無事でした。危うく女子高生にぶつかりそうになった私の意識は、一瞬途切れた。気が付いたら私女子高生の上を飛んでいた。どうやらオオカミ様が交代してくれたらしい。でも、でもね、オオカミ様。空中にいる状態で体戻されても、着地なんて高度技術ありません。こけたよ、潰れたよ、踏ん張れなかったさ。音にするなら“ずべしゃ”て感じで地面とこんにちはしたさ。呆気にとられた典子さんに礼美ちゃん、でもって見知らぬ方々の視線に逃げたくなった。

「この子はさや。普段はおとなしい子なのだけど、蝶と追いかけっこでもしていたのかしら」

典子さん惜しい。追いかけっこはあっている。ただ、相手が蝶とかかわいらしいものじゃなくて、半透明の厄介な子供たちなだけで。

「この子が来てくれてから、礼美も少し元気出たみたいで」
「ふーん。よろしくね、さや」

女の子があいさつしてくれた。さやです、よろしく。一応、飼い犬。半分野良だけど。先ほどはどうもどうも、驚かしてすみません、て言っても“くーん”という声しか出ないんだけど。

「なんか、あやまっているみたい」
「そうかもしれないわ。さやは普段ぼんやりしているのに、時々すごく賢く見えるの」

ぼーとしていてすみませんでした。多分眠気と戦ってる時だ。落ち込んでたら尻尾が垂れ下がったらしく、谷山さんが慰めるように撫でてくれた。温もりが沁みるわ。

「しっかし、麻衣にぶつかりかけた上にこけるなんてどんくさいなー、お前」

若い男性が手を伸ばしてきた。撫でようとしたんだと思う。だ、が!私の本能は彼を拒否した。咄嗟に飛びのいて毛を逆立たせた。

「あれ?」
「さやは男性が苦手みたいなんです。秘書の尾上さんもだめみたいで」

初対面の男性に体触らせるのはちょっとね!私がね!

「女性にしか触らせないって、お前実はオスかー?」

失敬な!れっきとした女性ですよ、外も中も!

「違うもん!さやは女の子!」

礼美ちゃんが庇ってくれた。典子さんもうなずいた。ちょっと、だからそこの金髪青年どこ見てるの。思わず毛が逆立ってまた唸ってしまった。セクハラだからねそれ!なんて怒っても威嚇しているようにしか見えないんだけどね。とっとと庭に戻ろう。

典子さんはどうやら、館に霊能者を呼んだらしい。さっきの女の子と、美形少年と寡黙な青年。で、さっき撫でようとしたのは坊主で、他にも巫女さんがいるらしい。そして、今日から泊まり込みとか。こっわ。現状を知っているだけに心底同情する…なんて、他人事に思っていたら女の子、谷山麻衣さんに呼ばれた。一人で寝るのは心細いらしい。その気持ちすごくよくわかる。でも私でいいのかな。ただの犬じゃないんだけどな。それに、私今まで庭で気まぐれに過ごしてただけで、館内に入るのって実は初めてだ。とりあえず典子さんを見上げてみれば微笑みが返された。おおう。

「麻衣ちゃんを、よろしくね?」

あいあいさー。


◇ ◇ ◇



そんなこんなで、夜。というか、すでに明け方。寝る前に谷山さんが独り言、というか私に愚痴った。私は機械が立ち並ぶ部屋には入れてもらえなかったので詳しくはわからないけど、どうやらあの子たち、初っ端からやらかしたらしい。コードや部品をあちこちに移動させ、作業を妨害したとか。家具を斜めにしたりひっくり返したとか。結局、一日目は準備だけで終了したらしい。私だってあの子たちの全力を知っているわけじゃないけど、ここが危ないのはわかる。あの子たち相当怒っている。霊能者という、あの子たちからしてみれば部外者、敵、つまりは迎撃対象だ。それに。

谷山さんが疲労で爆睡していることを確認して、そっと四本足で立ち上がる。とことこと窓辺に近づいて、桟に足をかけた。これで窓の外が見える。庭にある池も。

私は、病院からあの池を通じてここに来た。なら、もう一度池に入れば戻れるのだろうか、とか思うけど。少年のことは心配だ。でも、今の私にできることはない。前の私にだって、ただ見守ることしかできなかった。それに。

あの、怪我した少年にそっくりな、人間。

谷山さんの上司だという彼は、私が初めて顔を見たとき驚いて耳先から尻尾の毛の先端まで固まったほどにそっくりだ。似ているというか、もう同じ顔なんじゃないかと思ったほど。無関係ではないと思う。オオカミ様がここに来たのってそのためかな。聞いてみたけど反応はなかった。そう都合よく、夢にでてくれるわけないか。

私がやりたいように、やっていいのかな?
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