人形の館、居間

現在午前四時。午後じゃないよ、午前だよ。普通だったらおねむの時間なのに。現在地、館の居間。来たくなかったよ、本当は、真剣に。何か穴あるし!井戸あるし!あれ絶対危険なやつじゃない?触っちゃいけないやつだと思うの。

恐怖で暴れまくって錯乱した前科がある私。一応気を遣ってくれたらしい渋谷さんが、ベースという部屋にいていい、て言ってはくれた。のに、何故か原さんと谷山さんの横でお座りしている私。二人とも私と一緒にお留守番組だったんだけど、結局原さんも行く、てなって。谷山さんが付き添って。結果、私リンさんと二人きりになる…のはね、ちょっとね、無理があるの!露骨に原さんたちを邪魔者扱いする渋谷さん。足手まとい、ですよね、ごめんなさい。でも私を睨んでもどうしようもなかったと思われます、視線が怖いです、はい。

「ジョン」

渋谷さんが促す。神父さんが厳かな顔で手帳をゆっくりと読み上げ始めた。言葉に不思議な力がある。綺麗な、音だ。オオカミ様も、耳をそばだてているのが分かる。すると、ギッと異様な音がした。壁を叩く音。一つじゃない。いくつも、あちこちから。天井からも重いものを投げ落とす音が響きだす。あの子達だ。あの子達が神父さんの言葉を止めようとしている。

「除霊には2つありますの…」

谷山さんと原さんが話している。原さんができるのは、霊を説得して行くべきところに導く浄霊。しかし、どうやら、渋谷さんがやろうとしていることは除霊というらしい。例えるならば霊の処刑。霊が見えるらしい原さんにとっては、目の前で女性や子供たちが吹き飛ばされるのは見たくない。でも、見なきゃいけない。だからここにいる。怖いのに、見たくないのに、覚悟してここにいる。強い人だと、正直に思う。顔を真っ白にして、腕だって震えているのに、芯の強い子だ。そんな原さんに、私は自然と寄り添っていた。

「・・・さやさん?」

名を呼んでくれた原さん。私にはそれに答える言葉はないけれど、温もりはある。この冷え切った部屋の中で、少しでも助けになれればいいと思う。もふもふは有効活用しないとね。青ざめている原さんは、それでもほんの少し表情を和らげてくれた。

「ありがとうございますわ」

全然。私にできることをしたまで。そんなやり取りをしているうちに、騒音は大きくなって、床が軋んで、足音までしてる。やだなぁ、リンさん。走り回っちゃうなんて…なわけないか。大勢の子供たちが、走り回っている。冷え込みすぎて、白いものが漂い始めた。煙?靄?いや、違う。靄の中に、確かに子供の輪郭がある。みんな、泣いてる。泣きながら、神父さんの言葉や振りまく水から逃げ回っている。多分あの水は聖水、てやつだと思う。今のあの子達にとって、あの水は救いの水じゃなくて、痛い思いをさせる、嫌な水だ。泣いてる。痛くて泣いてる。寂しくて泣いてる。どうして痛いことをされるのか分からなくて泣いている。

こわい。こわいけどかなしい。

かなしいの。せつないの。どうにかしたくなるの。泣いているあの子達。いろいろ危ないことをしたのは知っている。けど、でも、て思ってしまう。これは、オオカミ様の気持ち?

私の意識が遠のく。体の支配が私でなくなる。でも、オオカミ様が見ている風景は、私も一緒に見ている。

『わふ』
「さや…さん?」
「さや、どうしたの?」

二人が呼んでくれた名は、今は違う。今、この体は本来の持ち主のもの。オオカミさま、放っておけないよね。オオカミ様が当たり一帯を見る。逃げる子供たち。でも、壁には護符が貼ってあって、逃げられない。逃げられるのは、唯一貼ってない鬼門の方向。でも、まだあの子達はその出口に気付けていない。余計に混乱している。

オオカミ様が、四足で地面に踏ん張って、背中を逸らした。




ウオォォォォォーーーーーーーーン




長い長い、遠吠え。泣いていた子供達が、自我をなくして操り人形になっていた子達がはっと息を飲んだ。居間にいた霊能者たちも目を丸くしてオオカミ様を見る。全員がこちらを見てる。オオカミ様は、子供たちだけを見た。

『おかあ、さん?』

私は違う。でも、オオカミ様は。慈母と呼ばれる神様はみんなのお母さんでもあるから。おいで、おいで、とオオカミ様がしっぽを振る。さっきの堂々とした姿とはまた違う感じで。

『おかあさん!』
『いたいの、やだあ』
『かえりたい』
『さびしい』
『おかあさん』
『おかあさん』
『おかあさん』

しゃくりあげながら子供達が集まってきた。この子たちが呼んでいるのは、本当のお母さん。オオカミ様が立ち上がって、護符が貼っていない方に進む。もふもふに寄り添ってくる…というかしがみついてくる子供たちも一緒に。原さんが目を丸くして私たちを見ている。

「…原さん、何が起こっているんですか」

渋谷さんが鋭く問う。

「祈祷が効いて、泣きながら逃げていた子供たちが、みんな、さやさんに」
『わふ』

ここから外に出られる。この人たちが、縛りついた鎖をどうにかしてくれるから。行っておいで、行ってらっしゃい。ここから、外に。

『あり、がとう』

その一言が、オオカミ様にとって何よりうれしい言葉だから。ぶんぶんと尻尾振っているオオカミ様に見送られて、子供たちはみんな、外に出ていった。部屋が、静かになった。

「子どもたちが全員、居間の外へ行きましたわ」
「…興味深い」

原さんと渋谷さんがめっちゃ見てる。谷山さんたちはただただ目を丸くしてる。あはー、もう誤魔化せないかも。そして、誤魔化せないのはあちらさんも。井戸の底から、どす黒い気配がする。少しずつ、見えてくる暗い蒼。濃い霧に覆われて、燐光のようなものに包まれた、女の人。着物姿。見たことある。夢で見た、富子ちゃんのお母さんだ。怨みのこもった眼差しが、霊能者たち、ではなく、私たちに向けられている。子どもたちを連れて行った私たちへ。相当お怒りのご様子。てか、怖い。マジで怖い。井戸からずずっと出てくる様とかホラー映画か!リアルホラーだった!だめじゃん!オオカミ様、如何するの?って、とことこ渋谷さんに近づいていくオオカミ様。え?え?本当に何するの、オオカミ様!?見てることしかできない私。渋谷さんも、ただオオカミ様を見ている。オオカミ様が目指していたのは、渋谷さんのポケット。お鼻でちょん、と、つついた。

『くぅ』
「……本当に興味深い存在だ」

ねぇ、オオカミ様、何だか渋谷さんの目が怖いけど大丈夫?にや、て見たことない顔で笑ってるんだけど。あ、渋谷さんがポケットから何かを取り出した。

「お前の子供はここにいる」

渋谷さんが投げたのは、人の形に切った板に、札が貼られているもの。女性、大島ひろさんの視線が、釘付けになった。そして、投げられた人の形を見て、何か叫ぶ。両手を伸ばす。小さな板が、人の形になった。見たことある子。富子ちゃん…の形をしたもの。でも、大島さんにとっては、その子を抱きしめられたら、十分だったらしい。白く淡い光が、大島さんから広がって、やがて消えていく。彼女と、ともに。

「消えましたわ」

居間が急に明るくなった。原さんが呆けたように立っている。

「…浄化した…」

わふ、とオオカミ様が胸を張って鳴いた。オオカミ様、しーっ。十分だよ、みんなが呆然としているうちに、さあさあ!



退散!!!
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