人形の館、終

何とか、今回は、気付かれずに部屋の外に出れた。奇跡!とゆか初めてじゃない?オオカミ様に感謝感謝。でも、そのままどこに向かっているの?足取りがしっかりしているから、どこか目的地があるんだろうけ、ど?

「何をしているのですか」

私たち、固まる。

あれ、私たちの鼻先に男性の靴発見。大半の人は後ろの居間にいるはず。
そろそろ、と上を見上げてみた。足りなかった。もっと背中逸らして首痛いくらい見上げてみた。リンさん、お、お、お久しぶりです。オオカミ様も前進することに集中して気付かなかったみたい。そうでした、リンさんモニター室にいるから私たちがこっそり出たの、丸見えですよね。オオカミ様、後でモニターの説明しますので、何それおいしいの?みたいな顔で見ないでー!つらい、何かつらい!

「どこへ、行くのです」

そしてリンさん放置失礼しました!や、一応顔は一生懸命見ようとしております。ただ、至近距離な上リンさん身長高い。首痛い。オオカミ様、首がつりそうです。どうしますか?と言っても、私たちはリンさんに答える術がないし、とゆか答えたら後ろの部屋にいる研究者さんに解剖とか。あ、だめ、考えただけで恐ろしい。それが結構当たってる気がするのが怖い。

ここは、前進あるのみ!というの名の退避―!
リンさんの横を全速力で駆け抜ける。あ、未だに体の主導権はオオカミ様なので。咄嗟に伸ばされたリンさんの手を華麗に躱して、全力疾走。さすがですオオカミ様。

「待ちなさい!」

待てません、オオカミ様は待ってくれません、走り出しちゃったから。そして、リンさん置いて廊下を疾走。玄関が見えてきた。え、私たちドア開けれないよ?ぶつかっちゃうよ!?
と慌てたのは私だけで、衝突する寸前で重たそうなドアが開いた。朝日が直撃してまぶしい。いつのまにか、朝だ。でも、止まってられない。リンさんが静かに追いかけてくる。何それ怖いからっ。私の恐怖もあってオオカミ様はひたすら走る。地面を蹴る。館を出たあと、すぐに曲がって、奥へ駆け抜ける。

知っている道だ。何度も通った道だ。この先にあるのは、池だ。ここに来たかったの、オオカミ様。

『くすくす』

さわさわと、風のような笑い声がいくつも。あぁ、この子達だ。さっき玄関のドアを開けてくれたのは。

『見つかっちゃった』
『わんちゃんがね、いいのを見せてくれるって』
『だから、待ってたの』

笑っているのは、子どもたち。部屋の外に出るよう誘導した子どもたちだ。てっきり、大島さんと一緒に成仏したと思っていたのに。オオカミ様はそのまま池の近くへ。子どもたちも一緒に。

改めてみると、この池は澱んでいる。底が見えない。霊能者たちの解説から、この池では富子ちゃんをはじめ、子供たちが何人もなくなった場所みたい。ここにいる子供たちの中にもいるのかな。オオカミ様をひらすら興味津々で見ている子達の顔からは分からないけど。ある意味、井戸の次に因縁深い場所なんだ。その影響なのか、大島さんの力がまだ残っているのか、この池は暗い。というか、庭が全体的に暗いんだ。朝なのに。館を覆っていた嫌な空気がなくなった分、余計にそう感じる。よくこの中に溺れて無事だったね、私たち…や、オオカミ様のおかげなんだけどね。そんなオオカミ様、じーっと何かを見ている。池じゃない
見ているのは池の傍に立つ、大木。確か、曽根さんが百日紅と言っていた。

“ここ何年も、咲いてねぇ”

そう、独り言のように言っていた、ような?改めてみると大きい。何年も何十年もここに立っていたんだと思う。百日紅の季節は七月から八月で、そろそろ咲いてもいいころらしい。でも、今見る木からはそんな気配が感じられない。

『ガウ』

オオカミ様が、自身に気合を入れる。堂々と立って百日紅と向き合い、見つめ合い、純白の尻尾が円を描いた。

『え?』

蕾すらつけていなかった百日紅に、淡紅色のふくらむ。

『わ』

瞬く間に色づいて、紅色になって、今度はゆっくりゆっくり、花、開く。弾けるように、咲いた。

咲いて
溢れて
飛んだ

『わぁ』

満開となった百日紅から、暖かくて澄んだ空気が弾けるように庭を、池を、駆け巡っていった。

『きれー』

子どもたちが感嘆の声をあげた。私も、何も言えない。だって、きれいすぎて。何か言うよりこの景色をずっと見ていたい。庭や池に残っていた澱みが、跡形もなくなって。まぶしいばかりの緑と、池の水と、そして百日紅の花。いつの間にか小鳥が飛んできて、枝の上で遊んでいる。そういえば、こんなに緑がある庭なのに、野生動物をあまり見ていなかった気がする。

『きれー』
『きれー』
『あったかーい』

子供達にまとわりついていたドス黒い何かも、消えた。ただ、見たことない景色にはしゃいで、笑って、楽しんでくれる。オオカミ様も、嬉しそう。さすがです、オオカミ様。これが、あの子達の笑顔が、この風景が、見たかったんですね。だから、筆しらべ、花咲の力を使った。澱んでしまったこの場所を、百日紅を咲かせることで浄化したんだ。すごい、本当にすごいです、オオカミ様。

『いかなきゃ』
『いこう』
『おかあさんのところ』
『みんなと、いっしょに』

子どもたちがそれぞれ、行く先を決める。泣いて、飛ばされて行くんじゃない。暖かい朝日を浴びながら、笑っていくんだ。

『ばいばい、さや』
『ありがとう、さや』
『わんわんもありがとう』
『わんわん、さや、ありがとう』

…んん?もしや、オオカミさまと私を区別してらっしゃる?何て疑問は浮かんだけど、聞く前にあの子達は光に包まれながら消えていった。

『ありがとう』

またうれしいことを、言ってくれた。さようなら。今度こそ、いってらっしゃい。ゆっくり休んで、ゆっくりお眠り。

おやすみなさい。

このぽかぽかした気持ちが私のものなのか、オオカミ様のものなのかは分からないけど、でもいいや。あの子達が笑ってくれたのならそれで十分だと思う。散々いじられた思い出はあるけど!怖かったけど!でも、もう、いっか。

なんて、しみじみ思っていたら、がくん、と視界が崩れた。え?え?オオカミ様!?

『わふー』

ぱたん、と腹這いに。起き上がれる感じも、ない。いつの間にか、体の主導権が私になっていた。すごく重たい。疲れきっている。オオカミ様、力出し切ったんだね。ちょっとここらで休憩しようか。

「これ、は」

何故このタイミングでリンさん来ちゃうの!?

びっくりして立ち上がって、でもいろんなことで限界だった足が体を支え切れず、

ものの見事に

すべって


ぼっちゃん




さようなら、館の皆様と霊能者御一行様。

最近ぶりです、病院の浅い池
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