人形の館、扉前

準備?を終えたらしい人形を持って滝川さんが出ていった。一方、私は落ち着いた。えぇ、落ち着いていますとも。体の震えはなくなった。今はひたすら自分の尻尾を抱えてがじがじしてるところ。白くてふっくらしたもふもふが残念なことになってるけど知らない。下手すると、高そうな机の脚をがじがじしそうなので、自分の尻尾で我慢。尻尾は長くないから、無理な体勢で首がちょっと痛いけど、それよりがじがじがじ。

「さや、そんなに噛んだらだめだよ。痛いでしょ?」

谷山さんが中腰になって、困った顔で言う。遠目で渋谷さんがじっとこちらを見てるのが分かるし、上からリンさんの無言の圧力も降ってきてる。松崎さんは谷山さんと同じ顔をしていた。止めたいけど、今手を出すと危ないからできないんだろうな。ごめんね、怖がらせて。噛まないと思うんだけど。
だって、今から滝川さんが御払いを始めるんだよね。また何か起こる可能性大。やだやだやだ。オオカミ様は困ったふうに鼻を鳴らしてる。うん、今、子ども返りしてる。そんな自分にも落ち込む負のサイクル。がじがじがじがじ。

「ナル…どうしよう。さやが」

谷山さんが呼んだ。気にせずがじがじがじがじがじ。スピーカーから滝川さんの呪文っぽい声なんて聞こえない。聞こえないとも。さっきも同じことした気がする!

「このまま部屋にいても、ストレスでしかないか」

がじ?
尻尾に集中していた私は、ふと視界の端で動くものを見つけてしまった。部屋の壁から壁にすり抜けていった半透明の影。やーなー予感―。あの方向って。
危ない、二人が危ない!オオカミ様が警戒の唸り声を上げた。私もそう思う!
尻尾を離して私は跳ね上がり、そのままの勢いで窓に突進した。

「さや!?」
「ちょっと!」

谷山さんの悲鳴。松崎さんの制止。だって肉球では扉開けられない!オオカミ様もやる気満々だし、何とかなる。うん、何とかお願いします、オオカミ様。

「待ちなさい!」

ガラスを突き破る直前、私の体は空中で強制的に停止した。四本足がもぞもぞと宙を蹴る。

『あう?』
「そのまま行けば怪我をします」

胴体がリンさんに抱えあげられていた。何てこった。リンさんの手が毛皮にずぶりと嵌まり込んでる。離してー!行かせてー!滝川さんの呪文は止まらない。でも、画面には何も映ってないし変化もない。違う、危ないのはその部屋じゃない。てか、何で暴れてんのにリンさんビクともしないの。細身なのに実は力持ちか!

「麻衣、部屋のドアを開けろ」
「え?う、うん」
「リン、その犬を下ろしてやれ」

犬じゃないよ、渋谷さんありがとうー!
もはや言葉おかしいのは私にも分かっているけど、とりあえず開いた道を突き進む。その途中で、私が向かう先で悲鳴が聞こえた。女性の悲鳴。典子さんの部屋からだ。遅かった!

先に駆けつけた!はいいけど、扉を開けられず往生しているときに悲鳴を聞きつけた霊能者たちが追い付いてきた。渋谷さんとリンさんにすっごい見られたけど、それより開けて!開けて!



結局、悲鳴を上げた典子さんは顔真っ青だけど、怪我はしてなかった。寝入った礼美ちゃんは置いて、典子さんと一緒に書斎に戻った一同。渋谷さんが事情を聴いているけど、典子さんは今も体が震えている。さっきの私と同じだ。しかも、同時に悲鳴を上げる前の部屋の様子がモニターで流されている。さらに怖いわ!でも、事実確認のためには必要なんだろうな。私にできることって言ったら、自分のもふもふを典子さんに近づけるだけ。

「…さや?」
『わふ』

ちゃんといるよ。傍にいるよ。そんな意味を込めて一声鳴けば、典子さんがひし、としがみ付いてきた。毛皮越しでも、典子さんの手が冷え切って震えているのが分かる。

「…お腹のあたりに何かあるのに気がついたんです」

モニターの時間は進んでいく。何かに気付いて硬直した典子さんが弾かれたように飛び起きて、ベッドの上を飛び退るところまで。

「確かに子供だったんです。人形じゃありません」

何かが、典子さんと礼美ちゃんが眠るベッドに紛れ込んだ。ミニーじゃない、何か。いや、誰か。あの子達、だ。あの子たちのうちの誰かが、いた。典子さんの声も震える。

「私…寝惚けてたんでしょうか。あれは、ミニー?ミニーはお預けしたはずで、だからいるはずがないと思ったから、人形でないように感じた、とか?」

ますます、典子さんがしがみついてくる。典子さんも、異常に気付いている。だけど、直視できないし認めたくない。認めないから、典子さんが何とか自分を保っているのかもしれない。ここは渋谷さんに、任せるしかないと思う。

「おそらく、そういうことでしょう」

と言った渋谷さん。典子さんは安堵したようにため息をついた。

そのあと、典子さんが部屋に戻っていった。私もとことこついていく。だって、今書斎にいたら何かいろいろ誤魔化しきれないと思う。渋谷さんやリンさんの探る目、見返せないし。とゆことで、逃げます。これ以上画面も見たくないやい。私は寝たいんだい。

「さや、ありがとう」

何の何の。あの子達なら、オオカミ様を見て外に出ていったから。今夜は大丈夫だと思うよ。多分。

私は明日から大丈夫じゃない気がするけどね…。
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