人形の館、机下

人形は典子さんが持ってきた。購入時期や礼美ちゃんの変化について渋谷さんが鋭く質問。香奈さんも呼ばれてさらに人形について詳しい話がされた。隅っこで何も聞いてませんよー、ていうふりをしながら。はっきりわかったことは香奈さんが人形に詳しいこと!…ぐらいしか理解できなかった。私、人形を見ないようにするのに必死だったし。結局礼美ちゃんが飛び込んできて人形を連れて行った。恐慌状態とも思える様子で礼美ちゃんは誰にも人形に触るなと言う。…嫌な感じだ。人形の中にいる女の子も嫌な感じで笑っていた。余計に怖いわ!

現在二時半。昼じゃない、夜の二時半。いつもなら庭の寝床で熟睡している時間なのに。室内で霊能者たちがモニターを見ている。映し出されているのは子供部屋。私は今、リンさんの足元にいます。だって、ここくらいしか隠れられそうなところないんだよ。リンさんには物凄く嫌そうな顔で見られたけど、いいじゃん、噛みつかないしじゃれついて邪魔しないよ私。ただ机の下に居させてくれればそれでいいんだよ。滝川さんに爆笑されたけどね!唸る余裕もないわ。時間と言い状況と言い、怖すぎる。丑の刻とか一番危ない時間じゃない?怖すぎて眠気も吹っ飛ば…ないんだけどね。眠すぎる。前足の上に顎を乗っけていっそ眠ってやろうとしていたときだった。

「始まった」

教えてくれなくていいよ、渋谷さん!一気に眠気が吹っ飛んだじゃないですか!見ないよ、私は絶対に。見たくないのに警戒心と恐怖心ゆえか大神様の本能で両耳がピンと立ち、周りの音を拾ってしまう。何かがごそごそと動いてる音とか知りません!誰もいないはずのモニターから、何かが落ちた音とか全く聞いていませんよ、聞こえていませんよ!

「…やだ」

谷山さん、何を見ちゃったのすごく気になるから!!そうこうしている間に静かになった。おわ、た??そろそろと目を開ける。そして心の底から後悔した。

目が、合った。

カメラの向こう、画面いっぱいに映る人形の顔。

私はその時、息を忘れた。






次の瞬間、谷山さんたちは子供部屋に駆け込んで行った。そして、何事もなく座っているミニーを発見。映像機器も全て壊れたので、記憶の中でしか先ほどの異常は確認できないらしい。

「それにしても、ワンちゃんは相変わらずとぼけた顔…ねぇ、ちょっと、その犬、変じゃない?」
「さや?」

松崎さん、とぼけた顔ってひどいなー。谷山さんどうしたの、その素っ頓狂な声。私、今必死に空気吸ってるだけだよ。

「おい、こいつ息おかしいぞ!」

だから、滝川さん、私ちゃんと息してるよ。なのに、息苦しい。何だか四本足ともに冷たいし痺れてきた。体が重たくて、動けない。ちゃんと息できてない?こんなにも吸ってるのに。

「息を吐きなさい」

リンさん、息を吐くって?どうして?オオカミ様が必死に吠え立てているのは分かるんだけど、体の支配権すら返せない。息が息が息が。息してるのにしんどいの。だんだん息苦しさばかりに頭が集中して、焦ってくる。半ばパニックだ。自分の手足がひきつけを起こしているのが見えた。大変大変!さらに焦っていたら、目の前が真っ黒になった。

「力を抜け」

冷え込んだ体に、誰かが触った。あたたかい。渋谷、さん?






「くそう。思わずびびったぜ、悔しいことに」

滝川さんが鞄を引っ掻き回しながら言う。だよねだよね、びびるよね。そう言っている滝川さんは今からミニーの御払いをするそうだ。ぜひ私がいないところでやってほしい。

「一番びびらされたのはワンちゃんよ。もう、脅かさないで」

すみませんでしたー!私、本気でもうだめだと思ったよ。

「恐怖で過呼吸になったんだろう。過換気症候群だったか」

さすが渋谷さん、私が知らないこともよくご存じだ。渋谷さんのおかげで助かった。といっても、何かすごいことをしたわけじゃなくて。ただ私の体に触れて、ひたすら大丈夫だ、落ち着け、吐くことに集中して深呼吸しろ、って声掛けをしてくれただけ。それだけなんだけど、私にとっては何よりの薬だったみたい。人のぬくもりって大事だ。

「落ち着いてよかったね?さや」

本当だね、谷山さん。
私は今、どっと疲れてへばっている。金縛りが解けて起きてしまった感じの疲労感と息苦しさ。間違ってないと思う。

今、私が何をしているかというと、何もしていない。伏せている位置も変わってない。リンさんの足元だ。だけど、ぴったりと足に張り付いてる。むしろ少し体がリンさんの靴に乗っかってる。横腹に当たる人肌の温もり。安心するよね。未だに小刻みに震えてるからね。さっきと違ってリンさんがもの言いたげな顔をしているけど、とりあえず動かないでいてくれる。全力で縋り付く目をした(ふりじゃない。本心)せいかな。同情でも何でもいいや。とりあえず、今ひと肌のぬくもりがある。それが大事。




もうちょっとこのままでいさせて!
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