部屋に散乱していた書物や薬瓶はすでにトランクに詰めてある。さして時間をおかずに一階に下りたはずだけど、すでに、リーマス・ルーピンはいなくなったらしい。居間にまっ黒なローブが一人分。随分とこの屋敷も静かになった。教授は座っていた。こちらに背中を向けて。
「教授、お別れのときです」
無言。ぴくりとも動かない背中。それでいい。それがいい。私は居間の外から呼びかけるように言った。
「私は、逃げます」
「…それを、提案しようと思っていたところだ」
教授がやっと動いた。杖を一振り。出現したのはあれ?あらら?見覚えのある蛇が、とぐろをまいて不吉にしゃーしゃー言っている。えぇ。
「わ。わーお、ヴァルヴェルデ君、おっひさしぶり〜」
威嚇してる、ものすごく威嚇されている私。
「不要ならば引き取るが?」
「いえ、ありがとうございます教授〜。どうやって迎えに行こうかと」
忘れてたなんて言いません、えぇ、言いませんとも。だからそろそろその牙をしまいましょうよ?牙の先が光っているのは毒のせいですか?すでに臨戦態勢?
『他に、何か、言いたいことは』
「えーっと、ちょっと痩せた?…なし、今のなし」
これ、また腕が締め上げられる流れだ。ヴァルヴェルデが完全に捕食者の目をしている。おかしいな、今年度はさして迷惑をかけていないはずだけど。何だか前より凶暴性が増しています?頭に響く声も禍々しいまでに低い。
『あの、キンキン声の、蛙が来ると、知っていたな?』
「え、何かされたの?」
それは全くもって予想外なのだけれど。
『存在自体喧しい』
それは否定できません。ちなみに、無言で私たちのやり取りを見ている教授が怖いです。傍から見たら私がひたすら独り言して、蛇が威嚇している状況。はい、意味わかりませんね。
「クルタロス」
「は、はい」
何を聞かれる?何を問われる?
「あてはあるのか?」
あーあ、本当に、教授は優しい。私になんて、かまっていられる情勢ではないのに。
「細々と暮らしていくあてならありますよ。私には杖を振ることの技術はありませんけど、知識なら詰め込めます」
「マグルとして暮らすか。しかし、それすら今では」
「えぇ、それだけでは危険です。もう、私にはクルタロスの力が無いと知っても、使えるものは使おうとするでしょう」
たとえば、私がだめなら新しいクルタロスを作ろうとする、とか。私が言わなくても、教授は思い至ったらしく、盛大に顔をしかめられた。あ、まずい。
「だ、大丈夫です。ちゃんとそこらへんは大丈夫なように…あいたっ」
へ?なぜに私は教授に両肩を掴まれているのでしょう。教授、怖いです。かつてないほど怒っているのはわかるけど。
「…我輩の、愚考ならば訂正しろ。あたかも、血筋を残す術をつぶしたと、聞こえたが」
「えーっと、教授、私にそんな気遣い無用です、よ?あいだだだだ」
待って、この話題はあっさりきっぱり終わるだけのもので。まさかのここまで引きずられる予想はしていなかったぞ。乱心したか教授。
「もう、痛いってば!」
身をひねって、教授から避ける。
「今はそんな場合ではないでしょう、セブルス・スネイプ教授!」
「…」
まだまだ言い足りないことがいっぱいあるぞコラァ(私的見解)…て顔されても無理です。
「いずれ、また会えます。その時に、どうぞ問い詰めてくださればいいでしょう」
「…貴様」
怖い。怖いけど、これ以上この人の時間を使っちゃいけない。
「くれぐれも、お体にお気をつけて。あなたは無茶をするなと言っても無茶をする人だから」
「お前は…結局、何を企んでいる」
「企んでなんか、いませんよう。同級生の忠告は聞いてみるものです」
たった一つのトランクを持ちまして、進む。無言でついてくるヴァルヴェルデにちょっとばかしびくつきながらも、外へ出た。
「行ってください、教授」
「…あぁ」
たったそれだけが、私たちのお別れにはちょうどいいのかもしれない。教授は姿消しで、おそらく混乱の真っただ中にあるホグワーツに飛んだ。
さて、私のそばにはトランク一つと蛇一匹。
「ヴァルヴェルデ君、ちょっと付き合ってほしいところだあるんだけど。…ねぇ、そろそろ睨むのやめよう?」
いい加減、身の危険を感じるのだけれど。
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