21
2階に上がったセシル・クルタロスの背中を無言で見送る。目の前の男も、同じ背中を睨みつけていた。しばしの、沈黙。

「君は」

絞り出すように、ルーピンが口を開いた。

「彼女の方に、行くと思っていたよ」
「…下らん」

まるで自分が奴に情を持っているような言い草だ。不愉快だ。

「僕に怒鳴られることもまた、知っていたのかな」
「知らん」

知らない。クルタロスの生き方も、これからの目的も。
だが、わかることはある。ルーピンに言うつもりはないが。もし、可能性として、セシル・クルタロスが未来を読めていたなら、彼女の生き方はもっと楽であったはずだ。焦燥交じりに何かを調べようとしていることも、気づいている。セシルが教えてくれたわけではない。自分なりにクルタロスに関して調べてもわからなかった。そもそも、文献自体が少ない。噂が独り歩きしているだけだ。ただの虚構と思われていた一族。
ゆえに、一つ疑問がある。

「ひとつ、問おう。どこでクルタロスの意味を知った?」
「…例のあの人が、神秘部でハリーを問い詰めたそうだ。クルタロスはどこだと」
「ほう」

いつか、来ると思っていたことだ。セシル・クルタロスは己の存在を極みまで薄め、隠れ忍んでいた。それでも、闇の帝王の目は誤魔化せなかったということだろう。いくら存在感を消しても、クルタロスの名はホグワーツ魔術学校用務員として書かれている。何も知らぬものなら気にしない。だが、あの帝王の目は欺けなかった。
狙われる。探される。

それが、とてつもなく腹立たしい。同時に諦めに似た気持ちもわかる。己は他者に目を向けられるほどの、余裕はない。これから、なくなる。リリーの子を守るために死力を尽くす時だ。だから、セシル・クルタロスを守れない。守ろうとする気持ちすら、自分は捨てる。捨てなければならない。


ただ。


遠い遠い昔。どんなときでも人に触れることを拒絶していた彼女と接触した際、何かが起こった。なぜ自分が彼女に触れたのかはもう覚えていない。思い出すことを恐れている自分がいる。ただ、セシル・クルタロスの悲痛な顔だけ覚えている。直前までどんな会話をしていたのかすら記憶にないが、ただ無言で、声を上げることなくほろほろと涙を流した顔だけ残っている。

その意味を、理由を、自分は知らないし彼女も語ろうとしなかった。今もそうだ。自分の目の前で感情を爆発させたのは、あれ一度きりだったように思う。

思えばあれから随分と時がたった。闇におぼれた自分は教師になり、また戻ろうとしている。あの子どものためにではない。ただひたすら、リリーのために。

「そろそろ戻れ、ルーピン」

その、前に。ほんの少しだけ、心残りを片付けておこう。


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