20
セシル・クルタロスが、誰にも気づかれずに病室を後にして数週間。不穏な世間は相変わらず。いや、さらに嫌な空気が立ち込めていた。兆候は、急に一階が騒がしくなったこと。同時に響く、シリウス・ブラックの怒鳴り声。何かが、起こった。起こってしまった。
いくら教授に注意力散漫とかいろいろ言われていても、2階にいれば1階の騒動は聞こえてくる…訂正。たまたま休憩してたら階下が騒がしくなっただけですはい。
皆様が集まる居間の外に控えていれば、どうやら小さな英雄殿が突っ走って、例のあの人の罠に嵌められたらしい。ついでに現在のホグワーツ校長、ドローレス・アンブリッジとの諍いもあったとか。聞いただけで面倒ごとの予感。そういえば、閉心術の授業ストップしてたらしいし。何があったか知らないし、教授が語りたくないものを聞き出すつもりもないけど。というか、触れたら無言で呪いが飛んできそうだった。とにかく荒れてた。ものすごく荒れてた。ひたすら紅茶を飲ませられ…訂正、飲ませて頂いたくらいに荒れてた。お茶請けも出てきたんだけど、何だったんだろうね、あの無言のお茶会は。いまだにわからない。おいしかったけど、飲んでも飲んでも注いでくるから余計に怖かった。分らないから余計怖かった。

おっと、現実逃避をしている間に居間がさらに騒がしくなっている。勢いよく出てきたのはシリウス・ブラック。彼に轢かれそうになったので慌てて横に避難。厄介ごとの予感再び。

「クルタロスは2階か」
「たぶんね」
「ひっじょーに申し上げにくいんですけど、います、ここに、さっきから〜」

不死鳥の騎士団、全員驚き面。いいよ、わかってるよ、誰も気づいていなかったのは知ってるよ。教授が場を改めるためか咳ばらいを一つ。

「クルタロスはここにいろ。安全とは限らんが、今のホグワーツ校内よりはましだろう」
「あいあいさー」

私が行っても何もできないからね。英雄殿のピンチに留守番という私に、騎士団の皆様が不審な顔。でも、皆さまは急いでいる。私を睨みながらも猛然と突き進むシリウス・ブラックと、こちらを問いたげに振り向きながらも出て行ったリーマス・ルーピン。あと、カラフルな女性などなど。最後に、まっ黒な背中をお見送りした。


私はと言えば、2階に戻って、ベッドに体を投げ出して、目を閉じる。繋がる先は、一人の動物もどき。
彼は屋敷にいた。視線が定まらない。そわそわと落ち着かなさそうだ。ピーター・ペティグリュー。かつて不死鳥の騎士団に属しながら、闇に近づいた人。薄暗い屋敷の場所は特定できないがおそらく、帝王の拠点の一つ。触ったら終わりな魔法具があちこちに見える。屋敷には人気が少ない。主な人間は、出かけている?

と、思ったところで瞼を押し上げる。今目に入るのは、見たことある天井。

「闇の帝王が動いているのは、事実かな」

だからと言って、それを伝えてもどうしようもない。すでに小さな英雄殿は旅立った。騎士団も動き出した。
私にできることと言えば、このまま大人しくしているだけか。

「荷物でも、まとめようか」

やれやれ。ヴァルヴェルデがいないと独り言ばかりが増えていけない。




どれだけ、時間が過ぎたのか。半日は経っていないように思う。顔色の悪い教授とリーマス・ルーピンだけが戻ってきた。二人とも表情が複雑すぎてわからない。ただ、ひどく慌てて、そして沈鬱だ。

「この屋敷はハリー・ポッターに継がれる。お前はここにいられない」
「りょーっかいっす」

何も言わないし聞かない。わかったことは、もうシリウス・ブラックは帰ってこないということ。そして、ゆるゆるとした日常は終わったということ。そう思って、2階に行こうとしたとき。

「どうして、何も聞かない?」

動きを止められた。教授の後ろから、じっと私を見ていた人。

「Mr,スネイプが言わないなら、私は聞きませんよう」

ただ事実を述べる。それが大変気に食わなかったらしい。盛大に顔をしかめられた。

「君は、どうして!シリウスが死んだんだぞ?なぜ何も聞かない、言わない!」
「ルーピン、よせ」
「スネイプ、僕は彼女に問いたい。どうしてハリーが攫われたときに何もしなかった?君は知ってたんじゃないのか。けど、分かってて何もしなかったんじゃないのか」

私が、知っていた?

「クルタロス。未来を読めるんだって?未来を知っているなら、どうして何もしない?ハリーがジェームズの息子だからか?シリウスが君に危害を加えたからか!?」
「黙れと言っている、ルーピン!」
「いいんですよ〜、教授。その問いかけは私の一族がきっと、永遠に投げかけられるものです。リーマス・ルーピンは友人を亡くされたばかり。気が動転して然るべきでしょう」

突き刺さるような言葉。そして、今まで私の一族が受けてきた叱責と怒号だ。

クルタロス。未来が読めるという血筋。古い文献にしか残っていないような、存在そのものが疑わしい力を持つ血筋。でも事実なれば、光側も、闇側も欲する噂。未来が読める、それだけの力であれば。でも、力は失われたというのが、通説のはず。誰が、どうして、クルタロスのことをリーマス・ルーピンに話した?

そうやって考え込んでいる様子が、リーマス・ルーピンには違うように見えたらしい。

「君は、何も、感じないのか!」
「いい加減にしろ!頭を冷やさんか!!」

まさか、このタイミングで教授が大声を出すとは思わなかった。そして、自分の目の前に教授の背中があることに驚く。私が、庇われている?教授は優しい、でも、その優しさはリーマス・ルーピンに発揮されるものと思っていた。

「クルタロスを知識でしか知らぬものが、こやつを責め立てるか」
「君だってそうじゃないのか!ジェームスだって、リリーだって、クルタロスは知っていたかも」
「黙れ」

一番の、轟き。真っ黒いローブが、魔力の乱れゆえか風もないのに揺れている。成人した魔法使いが、子どものように暴れだす魔力を無理やり抑え込んでいる。痛い。この場にいることが痛い。今触れたら、皮膚など容易く火傷して切れてしまいそうな。そんな、怖いまでに抑えられた声。
我を失っていたリーマス・ルーピンが、はっと口を閉ざした。それほどの剣幕。彼の前に立つ教授は、いったいどんな顔をしているのだろう。怒りだろうか、悲しみだろうか。

「セシル」

なのに、あなたは私を苗字ではなく名前で呼ぶ。

「は、い」

びっくりするぐらい自分の声が震えていた。

「荷物をまとめてこい」
「了解、です」

どうして、だろう。クルタロスという一族を知れば、考えてしまうはずなのに。もし、あのとき…と。教授だって、考えたはずだ。リリー・ポッターの死を私が知っていれば、と。ひたすらひたむきに、彼女を想い続けている教授だからこそ。リーマス・ルーピンの発言は的を射ていたはずなのに。

わからない。わからない。教授が分からない。


prev next

[ top ]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -