自分の口が恨めしい。言わなくても言いことを吐き出してしまうのだから。逃げるように(むしろただの逃げだ)部屋から退出した。廊下を歩いて部屋に向かう。もう今日は、寝てしまおうそうしよう。なんて考えていたら、じ、とこちらを見る存在に気付いた。
「クリーチャーは考える。誰かいる。クリーチャーを見ている。あれは誰だ」
茶色い頭に、大きな目。あぁ、シリウス・ブラックから聞いた覚えがある。屋敷しもべ妖精が今まで実家を守ってきたと。そして、純血主義の家に忠実な思考をしているとか。私を見て話しているけど、本人としては独り言のつもりなんだろう。
「純血の魔女様。しかし、いらしゃる、のか。クリーチャーは自信がない。純血の魔女様は何か魔法を使われているのか。クリーチャーは魔女様の姿が見えにくい」
ぶつぶつと話し続ける屋敷しもべ妖精。うーん、気配が薄いのはもう体質だし。でも、私が声を出していないのに気付くって、久々だな。ちょっと新鮮。
「何も使ってないよ、クリーチャー」
「純血の魔女様がクリーチャーめの名をお呼びになった!」
まずかったらしい、大声で叫ばれてしまった。やばい。この廊下には…
肖像画にかかっていたカーテンがゆっくり、開く。
「クルタロス!滅びの一族!!」
やっぱり。何てこった。私の影の薄さって、屋敷しもべ妖精とか、肖像画には全然意味ないんだよね。
「あー、Mrs,ブラック?」
「純血でありながらあの方に従わず!血筋を守れず!滅びた一族!」
唸り声のようなしゃがれた声。一応呼びかけてみたけど、無意味っぽい。これ以上叫ばせたら何だかいろいろまずい。さすがブラック家。闇側の情報に精通していらっしゃる。
とりあえず、逃げよう(何だか今日は逃げてばっかりだ)
カーテンを閉めて、一応声が押さえられた。それでも、まだ何か叫んでいる気がする。誰か来る前に、移動移動。
「じゃあね、クリーチャー」
屋敷しもべ妖精は自分が呼ばれたことに信じられない、という顔をして、何も言わずに見送られた。そんなに、驚くことかなぁ?ま、いっか。
もう、寝よう。とりあえず、誰にも会わないように部屋について。
今日は疲れた………ね?
「…」
「…」
「…」
「…何か言ってはどうかね」
「何でいらっしゃるんですか〜、スネイプ教授」
自分の部屋に、我が物顔で真っ黒なローブを着た男が座っていたら、そら何も言えませんとも。驚いた衝撃のせいか、今更になって心臓がどくどくしてる。大きく息を吐いて深呼吸深呼吸。
「女性の部屋に無断で侵入はどうかと思いますよー」
と言った瞬間、教授の眉尻が跳ね上がった。あ、これまずい奴だ。
「無断で入られる状況こそ問題だ」
「わお、正論」
それから、教授の長い話が始まった。曰く、男性がほとんどのこの屋敷で、鍵をかけずに部屋を出るのは、とか。開ける前にも警戒を、とかとか。
「聞いているのかね、クルタロス」
「はいっ」
いかん、ちょっと意識飛ばしかけた。冷凍呪文でも飛ばしそうな目つきで私を見た後、教授はそ、とため息をついた。お疲れ様です。疲れさせているのは私だけども。
「ルーピンに、付きまとわれているそうだな」
「どうして」
それを、と言いかけて慌てて口を閉じた。でも、遅かった。ちょっとちょっと、私、今日は随分と要らんこと言いすぎじゃありません?おかげで、再び教授に睨みつけられております。でも、教授が不機嫌そうなのは私がルーピンに関わってしまっていることよりも、たぶん別のこと。なら、さっさとこの話題を終わらすべし。その方が教授と私、双方の精神的苦痛が少なく済む。教授がこの情報を知っているのは多分、リーマス・ルーピンが暖炉でも使って教授に報告、もとい相談でもしたんだろう。全く余計なことを!
「思い出したくないことでも、思い出したか」
「それは教授も」
「ほう」
にやり、と薄い唇がめくれ上がった。あ、ますますやばい。
「我輩が関係していることか」
「…ほんとやだ。この策士」
降参、降参しますとも。別の話題にすり替えるか、何とかして逃げようとしたけど諦める。当の教授が逃がしてくれそうにないし。私が誤魔化す気をなくしたことを察したらしく、教授が室内の椅子を示した。座れ、と。あの、一応ここ私の…いえ、何でもありません。大人しく座ります。そしたら、教授が杖を取り出した。
「マフリアート」
「?初めて聞く呪文ですね」
「耳塞ぎ呪文だ」
またまた、新しい呪文を開発なさったらしい。ほんと優秀ですわ、この人。
「それで」
「…う」
往生際が悪い、のは分かってるけど。やがり逃がしてくれないか。
「何を言われた」
「ただ、思い出したくないこと思い出されて拗ねてるだけですー」
「学生時代のか」
「…Yes」
それは、教授にも言えること。それに、教授だって思い出したくないはずだ。なのに。いつも学生のときの話をすれば、不機嫌丸出しになるのに。というか、さっきまで全力で不機嫌だったのに。何で、どうして。
そんな穏やかな目で、私を見るの。
「セシル」
「は、い」
久しぶりに名を呼ばれて、咄嗟に反応できなかった。え、今呼んだの教授だよね?挙動不審になる私に、そのまま教授が言った。
「我輩に気遣いなど無用だ」
本当に、この人は敏い。気付いてほしくないことにも気づいてしまう。だからこそ、私はこの人に救われたわけだけど。
本当に、この人は敏い。敏くて、強くて、
どうしようもなく、優しいんだ。