15
マグル避けのされた屋敷で、私は…私たちは暮らしていた。

私はまだ家族が通ったという魔術学校には行けない年。家族から学校生活の話を聞くのが楽しみ。今日もいつも通りに起きて家のことをして、仕事から帰ってきた両親たちとご飯を食べていた。今家にいたのは両親と、祖父母だった。私は食べるのが遅かったから一番最後まで、母が魔法で作った料理を食べる。好き嫌いが激しい私は、嫌いなものをすぐに父親にこっそり押し付けて。でも母にばれて杖の一振りですべて元に戻された。母は怒って。父も祖父母もいつものことと苦笑いしている。そんな、何でもない、日。誰かの記念日と言うこともなかった。

なかったのだ、その日は。

急な訪問者が来た。訪問を知らせる魔法具が騒ぎ立てる。私以外のみんなの顔が強張って、父と祖父が玄関に杖を構えて向っていった。いつもと違う、としか私はわからない。ただ、怖い。屋敷の奥へと母の先導で私と祖母が向かう。そんなとき、玄関で呪文が聞こえた。一度も聞いたことない呪文。

迸ったのは、緑の閃光

母がすぐに私の目を抑えた。ただ前を向けと母は言う。そう言った母と祖母が今にも泣きそうな顔をしていた。とても悲しいことがあったと、知る。でも、何なのかはわからない。ただ、怖いものから逃げたいという本能が勝っていた。だって、後ろからどんどん、音が近づいてくるのだ。物を破壊する音。何かを探す怒鳴り声。父と祖父ではない。私たちはひたすら奥へ行く。

私は一番部屋の奥。ベッドの下に潜り込んだ。いつも使っているブランケットも一緒に。非日常の中で毎晩馴染んだ匂いに包まれた。いつもなら安心するのに、今日は違う。さらに心細くなる。私は何が起こってるのか聞こうとした。でも、母と祖母は首を振った。二人は今までで一番怖い顔して言う。絶対に出てくるなと。何があっても声を出すなと。母と祖母がベッドから離れていく。咄嗟に母のローブを掴んだ。

瞬間、視えてしまった。

乱暴に開け放たれた扉、自分に向ってくる緑の閃光。倒れこむ自分。自分の傍にいるのは祖母だ。そして、黒いローブが床を滑る。指先すら動かせない、急速に熱をなくしていく自分に、顔の見えないしわがれた声が何か言った。でも、聞き取れない。目も、耳も、分からなくなって―――。

ぼたぼたぼたと、滝のように涙を落としながら声も出せず放心状態になった私。わからなかった。今の映像が何なのか。気が付けば目の前に母がいる。祖母がいる。まだ、いてくれる。様子の可笑しい私に、母が息をのんだ。

『見えちゃったのね』

うなずく。

『それが、私の先なのね』

分からないから、分かりたくなかったから首を振った。全力で。

『我が一族の誇りであり呪い。セシルにまで受け継いだか』

祖母が言う。

『隠れなさい。何もかもから。力を求めてくる闇からも闇の敵からも。これからずっと』

母が言う。わからなくて首をかしげる。

『お願いだから。私のお願い。聞いて?』

母がまた言う。一つだけなら、私にもできそうな気がした。うなずく私。怖い。とても怖いけど、二人が言うなら。喧嘩もするけど大好きな二人が言うなら、頑張ろうと思った。

『セシル。さようなら。あなたは、隠れ続けるの』

これは祈り。呪文のない魔法。私は必死にうなずく。遠ざかる母と祖母の背中をずっと見続けて、部屋の扉が閉ざされてからもずっと。私にできることは、一つだけ。隠れ続けること。ここにいない者になること。たとえ、遠くで悲鳴と轟音が聞こえたとしても。また緑の閃光が見えたとしても。目の前で、知らない靴がいくつも床を叩いても。すぐ傍のクローゼットが開け放たれても。

いない。私はここにいない。隠れろ。隠れる。私は隠れる。私はいなくなる。





イナイモノニナル





「セシル!どこにいる、セシル!返事をせんか!!」

あ、名前呼んでくれたの久々だ。忙しない足音。足音だけで、誰だか分かってしまうのは重症かな。また、名を呼ばれた。私を探してくれているらしい。そんな必死に、そんな焦った顔で、名を呼んでくれるんだ。うれしい、な。でも、私あなたの目の前にいるんだけどな。相手を呼ぼうとして、自分の存在を伝えようとして、咳き込む。喉がからからに乾いていた。呼べなかったけど、どうやら気付いてもらえたらしい。

「セシル、ここにいたか」

声を聴いた瞬間、安心して意識が飛びそうになる。

「おい、しっかりしろ!吸魂鬼が校舎に入ったと聞いてまさかとは思ったが」

目の前に真っ黒の両目。至近距離から覗かれているらしい。黒眼に私が見えた。真っ青な顔で壁にもたれかかっている。酷いありさま。そして、とても寒い。今更になって冷気を感じた。でも、私のことより、伝えなきゃいけないことがある。

「英雄、連れて、いかれた」

かすれて震えた、酷い声だけど、何とか伝わったと思う。スネイプ教授にとっての最重要項目、のはず。なのに彼は知っている!と憤りをあらわにした。ついでに、私の体にローブがかけられる。薬品の匂いが鼻についた。でも、暖かい。

「すでに保護された。ムーディは偽物だ。ダンブルドアが明らかにした」
「ん…」
「奴にも会ったのか」

うなずく。あぁ、目の前に、セブがいる。

「セブ…」

セブが眉根を寄せた。そっか、久々だね、私がセブと呼ぶのは。

「ありが、とう」

素直に感謝の意を伝えたのに。帰ってきたのは“馬鹿者!”だった。ちょっと、違う意味で泣きそうだよ。


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