「わぁ、すごい……!」
英国で初めて本格的に作られた水族館、"Crystal Palace Aquarium"。
あたりを見回すと、着飾った人々ばかりでグレイが何故 名前にわざわざ服を新調させたのかが理解できた。
(確かに、普段着でここに来てたら浮いてたかも……)
近代的な外見とは異なり、中はゴシック調の優美な内装だった。
そこでは見たこともないほど大きな水槽と珍しい魚たちが所狭しと並べられていた。
「私、水族館って初めてきました」
初めて見る生きた海の生き物の様子に、驚嘆の声をあげずにはいられなかった。
『へー……噂には聞いてたけど、結構見応えあるね』
彼も訪れたのは初めてのようで、興味深そうに館内を見回していた。
19世紀、英国では水槽で動植物を飼育することが上流階級の間で流行していた。
しかし、淡水魚は見慣れても海水が必要な海水魚を飼育することは困難だったため、生きた海水魚をみることができるクリスタルパレス水族館は話題になっていた。
休日ということもあり、館内は多くの人で賑わっていた。
すると、グレイは名前の目の前にそっと左手を差し出した。
「……えっ?」
『手。この人混みではぐれるとマズイから』
名前が意図を飲み込めず戸惑っていると、グレイは片眉をつりあげて少し苛立ったように促した。
『あぁ、もう!それとも君はボクと繋ぐのは不満?』
もしかしたら、ダンスレッスンの時に叩いてしまったことを根に持っているのかもしれない……。
名前は恐る恐る、その左手に自分の右手を重ねた。
「いえ……」
そうすると、グレイはニヤリと満足そうに瞳を薄めた。
『そうこなくっちゃ』
その左手は、グローブ越しでもとても暖かかった。
***
『うげっ、なにこれ気持ち悪っ』
顔を顰めたグレイの目線の先には、大きなタコが水槽の中で蠢いていた。
本の挿絵などではなく、生きたタコを見るのは名前も初めてかもしれないと思った。
「そうですか?私は結構可愛いと思いますよ」
『ええ?君ってやっぱり変わってる』
「近侍を水族館に連れて行くような物好きな伯爵には言われたくないですよ。……でも、こんなに素敵なところならマイケルにも見せてあげたいですね」
名前がそう呟くとグレイは少しムッとして、面白くなさそうに口を尖らせた。
『デート中に他の男の名前を出すのは野暮なんじゃないの?』
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