惚れさせてみせよう。
精神的にも肉体的にも、彼を葬ることができるのなら。
***
「何をなさっているのですか、フィップスさん?」
昼休憩のとき、宮殿の執務室の扉を開けると、チャールズ・フィップスがなにやら険しい顔をして、首だけのマネキンと睨めっこしているのが目に飛び込んできて思わずぎょっとした。
フィップスは声をかけられると、おもむろにこちらに顔を向けた。手には細長いブラシが握られている。
「ああ、驚かせてすまない。これは、化粧の練習をしていたのだ」
「化粧って……もしかして女王陛下のためにですか?」
「そうだ」
言われてみれば、マネキンはアイシャドウやチークが施され鮮やかにほんのりと色付いている。
そこに佇んでるだけで一種の芸術作品のようで、これを男性のフィップス一人だけで行ったとしたら見事なものだ。
「でも、陛下にはメイク専属の侍女がいるからフィップスさんが練習しなくてもよろしいのでは?」
「確かにそうだ。だが、陛下はお忙しい方で突然に外出されることも珍しくない。侍女のいない外出先で、急な化粧直しにも対応できてこそ、一流の執事だからな」
そう言って、匠の技でマネキンの鼻筋にハイライトをあてていく。
英国人ではなくドイツ人ではないかと思うほどの、仕事に対するストイックな姿勢と昼休憩も練習を怠らないフィップスの勤勉さに名前は舌を巻いた。
と、同時に彼の相方であるグレイはそんな美学は持ち合わせていなさそうだと思った。
Wチャールズと呼ばれてはいるが、なんとも凸凹なコンビである。
「む。やはりマネキンでは再現が難しいな」
どんなにフィップスの手先が器用でも、人間とマネキンでは肌の質感が全く違う。
マネキンで練習したところで、化粧の技術を実践で生かすのは難しいであろう。
パフを手にし思いあぐねていると、彼はふと何かを思いついたように名前の方を振り返った。
「ミス名前。もし良ければ……」
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