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「グレイ伯爵。今度のバッキンガム宮殿での舞踏会の出席者リストが完成したのでこちらに置いておきますね」
目の前の机上に紙束が置かれたのと同時に、鼻腔をくすぐる甘い香りがふわりと横切った。
顔を上げると、自分の近侍である名前と目が合った。
香りの主はにこりと微笑をたたえると、一礼して部屋を後にした。
『……あんなに紅い口紅なんかつけてたっけ』
使用人の些細な違和感に訝しむように呟くと、後ろで仕事をしていた王室の侍女が口を挟んだ。
「あぁ。名前さん、最近すっごくお綺麗になりましたよね!」
キレイ?
女ってのは、ちょっと見た目を色鮮やかにケバケバしく着飾ることをキレイだのオシャレだの表現する。
(……まぁ、確かに。最近の名前はちょっとだけ美しくなった……ような気がする。ちょっとだけ)
侍女が名前を持ち上げることで、彼女の主人である自分を持ち上げているつもりなのも理解できる。
だけど、それでも、何故だか周りが彼女を持て囃すのはどうにも面白くない。
『そう?』
グレイは詰まらなそうに相づちを打つが、侍女は彼の心境などお構い無しに続ける。
「ええ!近衛兵の間でもちょっぴり噂になってるとか。なんでも、フィップス様が直々に名前さんに化粧を施してるそうですよ」
『は?!なんでアイツが?』
自分の使用人と同僚がそこまで親しくなっているとは知らず、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
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