歴史あるグレイ伯爵家の田舎屋敷(マナーハウス)の一室にメイドの注ぐ紅茶の水音だけが響いていた。









「旦那様はまだお戻りにならないのですね」












ため息混じりの彼女の言葉に、名前は紅茶を喉の奥に流し込んで応えた。





「いいのよ!チャールズったら妊婦よりもよく食べるんだもの。見てると胸焼けがしてまた悪阻がぶり返しちゃうわ」







名前の冗談めいた一言にメイドは思わず苦笑を浮かべる。










「あはは……なんだか奥様、たくましくなられましたよね」



「……そう?」



「ええ!嫁いでこられたばかりの頃はどうなることかと思いましたが、ミッドフォード侯爵夫人の言う通り母は強しというやつですね!」










確かに、チャールズと結婚してから色々なことがあった。



それは決して楽しいことばかりではなかったけど、今はこうしてお腹に彼との新しい命を授かって伯爵家に嫁いだ妻としての覚悟が生まれていた。





「そうね……」







メイドの言葉に頷くと、玄関から馬の嘶きと馬車の停まる音が聞こえた。








「もしかして、旦那様が帰って来られたんでしょうか?私、お出迎えに行って参ります!」












***











玄関に向かったメイドの背中を見送って数分後、
現れたのは同じチャールズでも、もう1人のチャールズ…
秘書武官の片割れ チャールズ・フィップスだった。






「久しぶりだな」



「フィップスさん!お久しぶりです」








思わぬ来客の出現に名前が慌ててドレスの裾を上げて立ちあがろうとすると、彼は優しくそれを制した。








「そのままで結構。身重の女性を立たせたとあれば女王陛下にお叱りを受けてしまいます」










名前はその言葉にクスリと微笑むと、フィップスの申し出に甘んじ再びソファに腰を沈めた。






「今日はミセス名前に女王陛下からの懐妊祝いを届けにきた」



「えっ……女王陛下から?」











予想だにしなかった人物からの贈り物に、自然と背筋が正されるのを感じた。




フィップスに差し出された白い大きな箱には王室の家紋が入った封蝋がしてあり、本当に女王陛下からの贈り物なのだと実感が湧いた。









「開けてみても?」 


「どうぞ」








恐る恐る開封すると、中には真っ白なお包みと小さな靴下が入っていた。

靴下には、可愛らしいテューダーローズの刺繍が施されている。








「わぁ!すごく可愛い!この刺繍も女王陛下が?」


「いや、刺繍は俺が付けた」


「とっても素敵です。ありがとうございます!」








名前が瞳を輝かせてお礼をいうと、その製作に一部携わったフィップスもどこか誇らしげだった。








「女王陛下もご子息の誕生を心より楽しみにしておられる。グレイはいま別件の仕事に携わっているが、明日にはこちらに帰省できると思うので、それまでお待ち頂きたい」



「わざわざ、ありがとうございます。あとで女王陛下にもお礼のお手紙をお出ししておきます」



「俺からもミセス名前が喜んでいたとお伝えしておく。それでは、お見送りは結構。母子共に健康であることをお祈りする」










そういってフィップスは一礼すると、最後まで紳士然とした態度でグレイ邸を後にした。




Wチャールズとはいうものの、何かと正反対な2人であると名前は心の中で思った。





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