***







(明日か……)








その日の夜、名前は当主のいないベッドの中で一人うずくまり昼間のフィップスの言葉を反芻していた。






フィップスの言葉が正しければ、明日チャールズは本邸に帰って来られると言っていた。










昼間、メイドは自分のことを逞しくなったと言っていたけど、本当は今だって彼に逢えないと寂しいし、心細い。






(早く、明日になったらいいのに……)










逢って話したいことがいっぱいある。

チャールズの喜びそうなお菓子を取り寄せたこととか、庭に新しい花を植えたこととか(彼は花なんかに興味を示なさそうだけれど)そんな取り止めのないことから……あとは産まれてくる子供の名前だってまだ話し合ってない。





明日のことに思いを馳せ、名前がまぶたを閉じて微睡みつつあると……







(ぷにっ)








何者かがぐいっと彼女の頬をつついた。







『あーあ。旦那様のお帰りだってのに、お出迎えもなしなワケ?』







まぶたを開けると、そこには待ち侘びた人物が窓の外から入ってくる満月の光に照らされていた。






「チャールズ!!!どうして……?帰るのは明日じゃなかったの?」




『ジョンに馬車を飛ばしてもらったんだ。早く君に会いたくて』









名前は眠りかかっていた身体を勢いよく起こし、彼に向き合った。

久しぶりに逢えたことに喜びが隠せず自然と口元が綻ぶ。










「おかえりなさい!……それにしても、こんな真夜中に馬車を走らせてきたの?」



『君に見せたいものがあってね』


「見せたいもの?」


『そう。ちょっとこっちに来て』










名前はチャールズに手を引かれ、ベッドから抜け出すと、彼は寝室の本棚の前で立ち止まった。





「その本棚がどうかしたの?」


『まぁ見てて』







チャールズは並べられた本を何冊かどけると、その後ろには更に本があった。
しかし、よくみるとそれは本ではなく本の形に擬態した木造物だった。


彼は慣れた手つきでそれを押すと、ギギギギギ…と古い音を立てながら本棚自体が左右に大きく動き、階下へ続く真っ暗な階段が現れた。








「これは……!」


『驚いた?ウチの秘密の抜け道。一族でも代々の当主とその妻しか知らない。君もそろそろ知っておくべきだと思って』


「まさか寝室の本棚にこんな仕掛けがあったなんて……」






嫁いでからずっとこの部屋で寝ていたし、何度もこの本棚の前を通っていたというのに何も気づかなかった。


それくらい一見何の変哲もない本棚だった。






『ま、これを使うのは"有事の際"ぐらいなんだけどね……。このご時世、名門貴族でさえ何があるか分かったもんじゃないし』







そういうチャールズの瞳は酷く冷ややかで、何か別のことを思案しているようだった。


何故だか、背中にゾクリと恐ろしくなるものを感じた。








「……チャールズ?」



『なんでもない!ほら、夜は冷えるんだからこれを羽織って。君には元気な赤ん坊を産んでもらわなきゃなんだし、ね?』




彼はソファの背もたれに掛けてあったブランケットを手に取ると、名前の肩にかけた。



そして、闇へと続く階段に一歩脚をおろすと彼女に右手を差し伸べ、口元に弧を描いた。








『お手をどうぞ、グレイ伯爵夫人(カウンテス・オブ・グレイ)?』







秘密の抜け道の前に立つチャールズにそう呼びかけられて、何故だか初めてこの家の妻として認められたような気がした。



この暗闇の先に何があるのか訝しみながら、名前はいまだに底の知れない夫の手を取った。























「Perfect White」

次で最終回です!



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