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目が覚めるとキャプテンが居なかった。
やはり甲板で寝たのだろうか。私を起こしてくれれば良かったのに。

ハートの船ではこうしてキャプテンと別々になるのは常だったのに、パンクハザードで一緒に寝ていたからか寂しく感じる。
まるで互いに依存してしまっているみたいだ。

体を起こすともう肩の痛みはすっかり良くなっていて、昨日キャプテンがテーピングをしっかりしてくれたおかげか動かすのも全く支障はない。
これだったら戦闘も問題なさそうだ。

ベッドから降りて、ベッドメイクをした後にチョッパー君の医務室を後にする。

すでに新聞はきているようで、みんなは甲板の上で新聞を覗き込んでいた。完全に遅刻だ。
慌てて私も新聞をゾロ君の後ろから覗き込む。

「これでいいんだ。奴にはこうするしか方法がない」
「ジョーカー!おれのためにそこまで!!」
「で、何でおれたちの顔までのってんだ?」

ルフィ君の言葉に再び覗き込むと、確かにルフィ君とキャプテンの手配書が並べられて“海賊同盟”の文字。
でも、ルフィ君とキャプテンだけでなくどうやら他の最悪の世代でも手を組んでいるらしい。
ルフィ君と一緒になって新聞を読んでいると、キャプテンが私の頭を掴んで引き寄せる。
私の後頭部はぽすっとキャプテンの胸元にぶつかった。

「他所は他所だ。作戦を進めるからドフラミンゴに集中しろ」

キャプテンの言葉にルフィ君は新聞を放り投げてニッと笑う。
呆れたようにため息をついた後にキャプテンはシーザーを親指で指差す。

「これがいかに重い取引か分かっただろ。おれたちはシーザーを誘拐しただけ。それに対し奴は10年間保持していた国王という地位と略奪者のライセンス、七武海という特権をも一夜にして投げ打ってみせた」

その通りだ。
それだけでどれだけ重い取り引きなのか、そして、どれだけ相手の怒りをかっているかなど、考えなくとも分かる。
私の体にもさすがに緊張が走った。

「この男を取り返すためにここまでやったことがやつの答え。こいつを返せば取引は成立だが…」

キャプテンはそこまで言うと口を閉じて、電伝虫を取り出した。

「あとはドフラミンゴと引き渡しについて話す」
「ひいー!ドフラミンゴと直接電話かよ〜!」

ウソップ君とチョッパー君が青ざめながらキャプテンから離れる。
とうとう七武海脱退後のドフラミンゴと対談するのだ。

電伝虫がプルプル…というたびに私の心臓も飛び跳ねるように鼓動を速めた。
私が受話器を持っているわけではないのにこんな緊張するのだからキャプテンの精神的な負荷は計り知れない。

しっかりしないと。

『おれだ…七武海をやめたぞ…』

出た出たとみんなが騒いでいるのを横目に、私はキャプテンの隣でキュッとキャプテンの受話器を持っている手と反対の手を握る。
キャプテンが話し始めようとした瞬間、ルフィ君が割り込んできた。

「もしもし!おれはモンキー・D・ルフィ!海賊王になる男だ!」
「お前黙ってろって言ったろ!」

ウソップ君がスパンと小気味良い音を立ててルフィ君の頭部を叩いたが、ルフィ君は全く気にすることなくキャプテンから受話器を奪い取った。

「おいミンゴ!茶ひげや子供たちをひでぇ目に合わせてたアホシーザーのボスはお前か?!シーザーは約束だから返すけどな今度また同じようなことしやがったら今度はお前もブッ飛ばすからな!」

シーザーを指差しながらそう伝えると、受話器からは腹の立つ笑い声が聞こえてくる。
この本当に人を馬鹿にしたような「フッフッフッ」て笑い方、癇に障るわ。

『麦わらのルフィ…兄の死から2年…ぱったりと姿を消し、どこで何をしてた…』
「!!……それは絶対に言えねェことになってんだ!」
『フッフッフッ。おれはお前に会いたかったんだ…。お前が喉から手が出るほど欲しがるものをおれは今…持っている…』

ルフィ君が欲しがるもの?
完全に美味しい肉だと思っているルフィ君に呆れながらもそのことについて考え始める。
一体何なのだろう。ドフラミンゴがこのタイミングでルフィ君にそれを宣言するのは何か理由があるのでは…。

ポスッと帽子をかぶせられて、少し屈んだキャプテンが私の耳元で「お前は余計なこと、考えんな」と囁いてから、ルフィ君の頬を押しのけた。

「麦わら屋!奴のペースにのるな!」

肉のことで頭いっぱいになったルフィ君から受話器を奪い返すと、キャプテンはドフラミンゴと会話を再開させる。

「ジョーカー!余計な話をするな!約束通り、シーザーは引き渡す」
『そりゃあそのほうが身のためだ。ここへ来てトンズラでもすりゃあ…今度こそどういう目にあうか…お前はよく分かっている…』
「…」
『フッフッフッ。まずはウチの大事なビジネスパートナーの無事を確認させてくれ』

キャプテンは受話器をシーザーの方へ向けると泣きながらシーザーが叫んだ。

「ジョーカー!すまねェ!おれのためにアンタ七武…」
「今から8時間後、ドレスローザの北の孤島、グリーンビット南東のビーチだ!」

シーザーの言葉を遮ってキャプテンが話しを進めると、シーザーもドフラミンゴも黙って話しを聞いた。

「午後3時にシーザーをそこへ投げ出す。勝手に拾え。それ以上の接触はしない」
『フッフッフッ…ナマエはそこに居るのか?』

心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃を喰らった。
いきなり出てきた自分の名前に私は口を開く。

「私はっんぐ」
「ジョーカー。お前がコイツと話す必要はねェ」

私を羽交い絞めするかのように腕が回され、キャプテンの大きな手が私の口を塞ぐ。
ドフラミンゴがなぜ私に突っかかるのか聞いてみたかった。
ケアケアの実の能力が必要なのか、キャプテンとの取引に使いたいのか…いや、どちらもかもしれない。

『フッフッフッ…。寂しいねェ。成長したお前と一杯くらい…』
「切れー!こんなもん!」

ルフィ君の強引な手が電話を途切れさせて、キャプテンが溜息をついて私から手を外した。

「お前も奴のペースに巻き込まれそうになってんじゃねェ」
「…」
「返事」
「アイアイ…」

唇を尖らせて顔を背けながら私はキャプテンから離れた。

私だって敵のことを知りたいし、ドフラミンゴとの会話の中で何か分かるかもしれないというのに。先ほどはちょうどいい機会だったというのに。
ドフラミンゴのペースになんて巻き込まれていない。巻き込まれる気もない。

「相手が一味全員連れて来たらどうすんだよ」
「いや、それでも構わねェ」
「?」
「すでにこの作戦においてシーザーの引き渡しは囮のようなもんだ」

サンジ君とキャプテンの話しを聞きながら、私は手触りのいい人工芝の上に腰を降ろした。すぐ横にゾロ君も腰を降ろしてきて、溜息をつく。

「何いじけてんだ」
「…ゾロ君私に構わないで」
「構うなと言われれば構いたくなる。つか、お前その恰好はまずいんじゃねェか?敵の本拠地行くのにハートの海賊団って一目瞭然だぞ」

確かに、このつなぎとハートのジョリーロジャーがでかでかと描かれているのはまずい。
だが、私はつなぎ以外の服を持ってきてはいないし、着るつもりもなかったのだが…確かにドレスローザに潜入するにはまずいかもしれない。

「…あとでロビンさんかナミに借りる。ありがとう、ゾロ君」
「ゾロでいい」
「ありがとうゾロ君」
「…」

キャプテンの話しに戻ろうと顔を上げれば、いつの間にかキャプテンはこちらをじっと見ていた。
そして私の目の前を海パンの人が通り、「ひぃっ」と声を上げる。

本当にこの人、ズボン穿いてほしい。なんで三つ編みしてるの。しかもめちゃくちゃ三つ編み上手いんだけど。

「工場なんてでけェもんが分からねェってことがあんのかよ。行きゃすぐスーパー分かるだろ。おれ様のビームで一発だ!」
「ビーム以前にまずはズボン穿いてほしい」
「アニキー!!」

私のツッコみはスルーされて、キャプテンが言葉を続ける。

「そこだけ…どうしても情報を得られなかった」
「敵の大切な工場でしょ?何か秘密があるのかもね」

ナミの言葉に私も考え始める。
確かにそんな工場が大々的に見えるところにあるはずがない。
闇に通じている重要な工場だ。どこに…。

「ロー殿…グリーンビットと申しておったが…」

変態侍…錦えもんさんがキャプテンに近寄る。
そういえば、唯一この船の中でこの人とサンジ君だけがキャプテンを名前で呼ぶのだ。

「ドレスローザに船はつける。安心しろ」
「トラ男ー。お前そこに行ったことあんのかよー、ドレスろうば!」
「ローザだ」
「ローザ!!」

思わず噴出した。
私の頭の中はドレスを着たおばあちゃんがくるくる回っている。
やばい、笑いが止まらない。

クスクスと笑っていたら私の頭上に影が出来た。
顔を上げれば怖いほど無表情のキャプテンがルフィ君との会話を続けながら、私を見下ろしている。

「行ったことあんのか?」
「ない。やつの収める王国だぞ」

顎を上に上げて“立て”というのが伝わってくる。
仕方なく立ち上がってみれば、目の前に鬼哭が差し出されそれを持った。
…いつの間に私は鬼哭持ち係りになったのだ。

その後すぐキャプテンの後ろからルフィ君の笑う声が聞こえてきた。

「ほんじゃ全部着いてから考えよう!しししし!冒険冒険!!楽しみだなードレスローザ!おれ早くワノ国にも行きてェなー!!」
「バカ言え!何の計画もなく乗り込めるような…!!」

キャプテンがすぐに私からルフィ君のほうに振り返り、声を荒げたが、麦わら一味の会話はすでに終了されたらしい。
わらわらと話しながらキッチンの方へ向かっている。

「サンジ!腹減った!朝飯何だ!?」
「サンドイッチだ」
「わー!おれ、わたあめサンド!」
「私は紅茶だけで」
「おれはパンは嫌いだ」
「…」

じっとキャプテンを黙って見つめ、キャプテンはハッとした顔をした後に私を見ると、無言で私の頬を摘んだ。
ルフィ君達のノリに巻き込まれたのはキャプテン自身なのになぜ私に当たる。解せん。






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