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崩れ落ちる施設から急いで脱出すると、狭い潜水艦内でキャプテンが私の顔を見るなり舌打ちをしてきた。

「さっきはゆっくり診察できなかったが、麦わら屋にやられたとこ怪我してんな」
「う…なぜ分かりました」
「痛いんだろ。あの時も隠してるとは思ってたけどな…」

そういう状況でなかったのは確かだ。
私の表情一つで怪我の有無が分かってしまうなんて、さすがキャプテン。
馬鹿でかいシーザーが居るせいで潜水艦内はものすごく狭く、私はキャプテンの膝の上に仕方なく乗っているが、キャプテンの手が負傷している肩を掴んで「いっ!」と声を上げる。

「脱臼か…お前外れたとこは?」
「いったぁ…ないですよ。初めてです…」
「…癖がつかなきゃいいが…」

潜水艦が船に到着するとすぐに甲板でみんなにブリードのことを説明し、ルフィ君が頭を下げて謝ってきた。
しかし、先ほどまでここまで痛くなかったのは敵地でシーザーの近くに私しかいないという緊張感があってアドレナリンが出ていたからなのか、今になって激痛が襲う。
今、肩を押さえながら私は乱れた呼吸で麦わら一味に見守られている。

「ほんっとーに悪い!」
「操られてただけなんだからいいんだよ、ルフィ君」
「何発か殴れ。ゴムだから覇気纏わないと意味ねェからな」
「キャプテン…」

私の目の前で右肩を出して能力で診察をしているキャプテンが苛々しながら吐き捨てるように言った。
ルフィ君が項垂れて殴らない私の代わりにナミがボコボコに殴っている。
少し可哀相だ。ルフィ君だってやりたくてやったわけじゃないのに。

キャプテンの手がつなぎのジッパーを下ろして、タンクトップ姿になると外れている方の肩ひもを外す。

「トラ男、整復おれも見たい」
「トニー屋はやったことねェのか」
「うん。だから勉強のためにも」
「ああ」

内科医と外科医の勉強会をみんなが興味深々になって見ているが、私としては注目されてものすごく恥ずかしい。
しかも、仰向けになっている私の腹部辺りに膝をついて跨っている姿、この恰好がものすごく卑猥な気がするのは気のせいだろうか。
痛みと羞恥心により顔を真っ赤にしながら、懸命に痛みを逃すべき深呼吸を繰り返す。

「おれの能力で中を見たが、血管も神経も傷つけてはいなかった。脱臼も完全に外れてるわけじゃねェ。亜脱臼といわれる状態だ」
「亜脱臼なら手術は必要ないな!」
「いや、亜脱臼だからっつーことでオペ対象の可否が決まるわけじゃない。血管や神経の損傷があるかないかだ」
「なるほど」

キャプテンの説明に頷きながら聞いて、メモをとっているチョッパー君が可愛い。
こうしてみると本当に医者なのだ。
私自身もキャプテンの説明を聞きながら…勉強にいいのだが、とにかく痛い。

「脱臼はしてる間と治す瞬間は激痛だが、整復すりゃあ痛みは消える」
「なら痛み止めの内服はいらないのか?」
「必要ねェ」

チョッパー君の手に握られた薬はやはり鎮痛剤だったのか。
いますぐ飲みたい。先ほどからキャプテンが私の脱臼した腕を掴みながら説明しているのだが痛すぎて汗びっしょりだ。
私の米神から汗が輪郭に沿って流れ落ち、激痛により涙ぐみながら、私に跨っているキャプテンを上目使いで見上げる。

「キャプテン…そろそろ…整復を…」
「……分かった。いくぞ」

あれ?ちらっと見えたキャプテンの顔がものすごく愉しそうだった…というかなぜだか夜の顔になっていた気がする。
舌舐めずりをしたかと思えば口角を上げて肩をぐっと押し込まれる。

「うあっ!!」

ごりっと鈍い音が鳴り、ブルックさんは雄叫びをあげて、ルフィ君とウソップ君も叫び、その他のみんなだって息を飲んだのが分かった。
ズキズキと肩は痛むが、我慢できないような痛みではない。

「はぁっ、はぁ…痛かった…」
「おお!!すごいなトラ男!」
「別にすごくねェよ。変な風にくっつけなきゃすぐ出来る。まあ、練習するなら…ホネ屋辺りで練習すりゃよく見えていいんじゃないか?」
「ちょっと!トラ男さん!それ酷くないですかあ?!」

ブルックさんが勢いよくズカズカとやってきたが、チョッパー君が目を輝かせてその肩を見つめている。
踵を返し、逃げるブルックさんを追いかけてチョッパー君が居なくなると、私は肩を摩りながらキャプテンの足の間から這い出ていく。

「うう…」
「脱臼癖になるようだったらオペだな」
「トラ男の能力でどうにか何ねェのか?」
「麦わら屋。以前も話したと思うが、コイツにおれの能力は無効なんだ。だからコイツのオペだけは能力なしでメス使ってやるしかねェ」
「そりゃあ大変だ。ししし、ナマエ。トラ男が居て良かったな!」

他人事のように笑うルフィ君に仕方がないとはいえ少しばかりイラっとする。
キャプテンがルフィ君を睨んだが、今度は私も一緒になって睨む。わざとではなくとも、もう少し申し訳なさそうにしてくれ。

まあ、でも…結果的に怪我は無事に治ったし、良かった良かった。
そう思うしかない。

これで血管やら神経を損傷していたら、こんな大決戦の前にお留守番にさせられるところだった。
整復された私の肩を再び能力を使ってキャプテンが診察し、関節を指がなぞる。

「あとはテーピングしておきてェんだが、トニー屋。テーピングテープはあるか?」
「医務室にあるぞ。おれも見たい!」
「なら医務室に移動するか」

キャプテンが2階から身を乗り出して眺めている、鼻血をダラダラと垂らしているサンジ君を見ながら言った。
サンジ君は先ほどから私のタンクトップ一枚になっている姿を見て「鎖骨が出てて美しいぃ、芸術だぁぁぁ…」と言っている。
もしかしてサンジ君に見られているのが嫌なのか?嫉妬か?嫉妬なのか?
だとしたらキャプテンに愛されてる感がすごくて嬉しいのだけど。








新聞がやってくる夜明けも近い。
結局、他のみんなは朝の新聞が来るまで眠る様で寝室へ向かい、私とキャプテンとチョッパー君で医務室へ。

キャプテンはチョッパー君に教えながら私の肩をテーピングで固定していく。

「本当は三角巾とかで安静にさせたいところだが、これから大きな戦闘を控えている。だからテーピングはあくまでも応急処置だ」
「そうだよな。それにしてもトラ男すげーなぁ」
「トニー屋の薬の知識もすげーと思うけどな」

2人の会話をうんうんと大きく頷きながら聞いた。
私からすればどちらもすごい。
外科医と内科医。今、この船は医療に関しては無敵なんじゃないかな。
病気しても、大けがしてもこの2人にかかれば治してくれそうだし。

「ドラム王国の医療知識は本当にすごいもんね」
「んなことねェぞ、このヤロがー!」
「すっごい嬉しそう…」

腰をくねらせながら踊って喜びを隠しきれていない小さなトナカイ。
とても可愛くて抱きしめたいぐらいだ。

「あ、夜明けまでナマエはここで休んでろよ。怪我人なんだからベッドでな!おれは男部屋で寝てくる!」
「いや、甲板に」
「トラ男もナマエについててやれよ!」
「分かった」

静かに閉まった扉にキャプテンはベッドの上に座っている私の横に腰を降ろした。

「肩、あざになってる」
「まあ、でしょうね」
「…まあ、ありゃ不可抗力だ。麦わら屋相手にその程度で済んで良かったぐらいだ」
「運はいい方ですから」

本当にそうだ。
あの時、私が咄嗟に避けられなかったら顔面を殴られて頭蓋骨骨折か…もしかしたら脳出血でも起こしていたかもしれない。
心臓を殴られていたら心停止も起こしかねない。
ルフィ君はああ見えて億越えの賞金首だ。しかもかなりの高額。
そのルフィ君相手にこの程度で済んだのだから、かなり運が良かったんだろう。

私がホッと息をつきながらキャプテンを眺めれば、キャプテンが私の肩を見つめながら何か思いつめているような表情をしていた。
慌ててキャプテンの頬に手を添えると、気が付いたように私を見つめる。

「…おれが麦わら屋を止めればこんな怪我は追わなかったな…」
「キャプテン」

抱きしめながらへらっと笑う。

「でも、生きてます」
「…」
「怪我なんていつものことじゃないですか。海賊なんですもん」

恐らくキャプテンはドフラミンゴのことで精神的に不安定だ。
じゃなきゃこの程度のことでこんな顔にならなかったはずだ。むしろいつもだったら怒ってた。もっと上手く避けやがれとか、無謀なことを言ってくるんだ。
なのに…。こんなタイミングで怪我してしまったのが悔やまれる。

いや、思考の転換してみよう。
私は鍛えていたからこそ、この程度で済んだのだ。

「私、強くなったでしょう?」
「…調子に乗んな」
「だって億越えの船長からの攻撃を脱臼とアザだけで受け止めたんですよ?素晴らしいと思いません?あでっ!」

盛大なため息を吐き出し、額にデコピンされて、キャプテンは私の頬を手の甲で撫でた。

「お前は強いよ。出会った時から」
「んー、キャプテンのデレ最高です」
「くくく、んとにお前と居ると気が抜ける」
「安定剤になってます?」
「効力絶大のな」

額をくっつけて、笑い合いながらそんな言い合いをして、どちらからともなく唇を合わせる。
朝刊が来るまであとほんの数時間。
全てが動き出す。その時まで、今はまだ、このひと時を穏やかに過ごしたい。

そう思いながら私はキャプテンの背中へと両腕を回し、口を開いて、キャプテンの舌を向かい入れた。







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