14




サラリと流れる髪の毛を撫でていれば、数分のうちに穏やかな呼吸に変わっていった。
月明かりに照らされる寝顔を見て、おれは片手で緩みそうになる口元を隠す。
緊張とか、不安とか、そういう感情がコイツに触れてるだけ…たったそれだけなのに妙に落ち着きが出てくる。

深いため息をついて、おれは昼間のことを思い出した。





随分と長い間、二人きりでべったりだったからか離れていると姿を探してしまう癖がついたようだ。
夕方はナミ屋の恋人同士なのかという問いに、ナマエは即答で答えるのかと思えば恥ずかしそうに立ち去りやがって…コイツのかわりにおれがナミ屋に「お前たちの想像通りの関係だ」と返し、根掘り葉掘り聞き出そうとするナミ屋に適当に返す。
ナミ屋は年齢も若い…いや、性格だろうな。
ニコ屋と違い、2人の事にズカズカと土足で入ってくる感じだ。

「それで?どこまで進んでる仲なのよ?」
「どうでもいいだろ。お前らには関係ねェ」
「進んでるって何だ?」

所々で真剣に問いかけてくる麦わら屋に吹き出しそうになるが、そろそろナマエがどこで何しているのか気になってきた。

「あたしたちに気にせずイチャついていいのよ?」
「おれたちのことは放っておけ」
「分かったわ!見て見ぬ振りね!」
「…もうそれでいい」

果てしなく面倒くせェ。
おれは逃げるようにその場を後にして、ナマエの向かった船尾の方へと向かった。

角を曲がってすぐに見つけたが、そこにはナマエ一人だけではなかった。
2人で並んで腰を下ろしている姿を見た瞬間、おれの中にドス黒い感情が沸き起こる。

2人が話している雰囲気を見ると、ゾロ屋とは歳が近いからか、同じ剣士だからなのか距離が近い気がする。
2年前に麦わらの船に救われた時にでも仲良くなったのか、なんなのか分からねェが。まあ、分かりたくもねェが。

やたらと構ってくる麦わら屋に、ベタベタする黒足屋、それに何かと距離が近ェゾロ屋。
ハートの仲間は男ばかりだが、もう家族のような感覚だ。
だからゾロ屋と同じような距離にシャチが居ても何とも思わなかったのだろうが、麦わらの一味は違う。
仲間じゃねェ。ただの同盟相手だ。

それにその時のおれの感情は、すでにかなり揺れていた。
ドフラミンゴとも話したあとで、緊張や不安、怒りなど負の感情によって気が昂っていたのだろう。

普段であれば、そんな場面を目撃したとしても、あとから二人きりになった時にナマエを咎めればいいことだったのに、すぐに2人を引き離すかのようにゾロ屋を睨んだ。
しっかりと、敵意を向けて。

能天気な顔しているナマエには仕置きにキスをしてやれば…自分が思っていたよりもコイツの体温に直接触れたみたいで心底安心した。
緊張がほぐれて、嫉妬もドフラミンゴへの緊張感もキスを深めれば深めるほど和らいでいくような感覚だ。

貪るように激しいキスをしていれば、ナマエが突き飛ばさずに抱き締めてきて…おれが何も言わなくてもおれの今の心境が、全て伝わっている気がして…本当に参る。

もう何年も一緒に居るが、コイツの能力なのか、それともおれがコイツに惚れ込んでいるからなのか、この体温や匂いに癒される気持ちになる。





そんなことを考え、穏やかな寝顔を眺めながらおれも目を閉じようとした途端、大きく船が揺れて何者かが船の上に乗り込んできた。

「キャプテっいだ!!」
「っ!」

勢いよく起きあがったナマエの額とおれの額が見事にぶつかり合い、2人して額を押さえる。
一応、すぐに目の前のナマエの額を診察しようと顔を上げれば涼しい顔して現場に向かおうとしている。

どんだけ石頭なんだよ。クソいてェ…。

ズキズキする額を押さえながら、おれもすぐに現場へ向かった。
鋭く光るものがおれの頭目掛けて振り下ろしてくるのが見え、すぐに鬼哭を構えてその鋭い爪を弾いた。
月明かりにその姿が映し出されるが…これは…大量のシーラパン?!

「あ!キャプテン!シーザーが!!」

ナマエの声にハッとなり、指差す方を見てみれば謎の男がシーザーを抱えている。
よく周りを見渡せば居るのはなんと、動物だけ。

「ぺととと!クソ人間ども!!じゃあな!!」

三流な立ち去り台詞を残して、シーザーを連れて立ち去った。その男を追うために小型潜水艦へ乗り込む。

真っ先に飛び込んでいった麦わら屋、動物の言葉が分かると言って乗り込んできたたぬき屋、そしておれとナマエ。
おれの前に麦わら屋とたぬき屋が座り、おれの横に膝を抱えて小さくなりながら床に座り込んでいるナマエが見える。

「…おれの膝の上来るか?」
「いえ。お構いなく。キャプテン、あのウサギって…」
「ああ、恐らくシーラパンだ。ノースブルーにしか存在しねェはずだが…」

新世界にはいるはずもない動物。
それにあそこまで強いのも謎だ。

「トラ男、あのウサギ知ってんのか?」
「知ってる。もしかして、一緒に来た理由はそれか?たぬき屋」
「ぶっ」

おれの言葉にナマエが吹き出して笑いを堪えた。

「たぬきじゃねェ!おれはトナカイだ!!」
「…」
「それに…アイツは『こんなことしたくねェのに』って言ってたんだ…」

ん?言ってた?動物の言葉が分かるのか。
ベポもそうだが、コイツもミンク族なのか?

「たぬき屋。お前動物の言葉が分かるのか?」
「うん…。ってだからたぬきじゃなくてトナカイだ!」
「キャプテンわざと?」






小さな潜水艦は海の底にあるアジトまで辿り着く。
おれは警戒しながら周囲を見渡していると、麦わら屋が馬鹿でかい声で呼んできた。
慌てて咎めたが、聞きやしねェ。

隣でナマエが「敵地に侵入中だよ!ルフィ君!」と叫んでいるが、てめェの声もでけェんだよ。
マジでこのメンバーだと言うこと聞かない奴が多すぎる。

長い階段を上がっていくとドーム状になっているところに出た。

「うわぁ…考えてみればこんな能力者メンバーじゃ海に沈められたら全滅ですね…」
「やめろ。縁起でもねェ」

不穏なことを呟く彼女を横目に奥へ進んでいく。

「またかっ!」

先程のようにシーラパンがおれたちを襲ってきた。
今度はシーラパンどころではなく、デカいタコや亀のような動物まで。
デカいのは麦わらに任せて、さっさとシーラパンを戦闘不能にさせると一際大きめのシーラパンがナマエに向かっており、苦戦している。
すぐに手を出そうと向かおうとしてもなかなか敵の数が多く、そちらまで行けない。

歯痒い気持ちで大きく舌打ちをし、せめておれと位置を変えるかと能力を展開させようとして動きを止めた。

ナマエは鋭い爪を刀で受け止めたかと思えば、その刀から手を離してシーラパンの懐へ潜り込み、まさかの背負い投げをしたのだ。

「背負い投げかよ」
「あ、キャプテンお疲れ様です。いやー、体がめちゃくちゃデカいので手こずりました」

両手をパンパンを誇りを叩くかのようにして、いつもの笑顔をおれに向ける。
それを見て、改めて本当に逞しくなったと実感する。

「ルフィ君の知り合いなんですか?」
「らしいな」

麦わら屋とトニー屋の方を見れば何やら楽しげに亀…クーフージュゴンとかいうらしい。
覇気まで使えて動物のくせに厄介だと思ったが知り合いか…。
トニー屋が翻訳して、あの男の名前はブリード。それだけしか情報は得られなかった。
どうやら動物たちもおれたちを襲ったり、シーザーを攫ったのは本意ではなかったらしい。

「整列だてめェら!!」

ブリードの怒鳴り声で動物たちは整列をした。
一体どんな能力なんだ。
動物を操る能力か?何をされれば操られるのか。人間も操られるのか分からねェが。

「おれはぺとぺとの能力者。相手をペットにする事ができる」

そういうことか。
わざわざ聞かなくともしっかり自分の能力を教えてくれた。あとはあの首輪をされる前に倒せばいい。

「気を付けろよ、ナマエ」
「キャプテンこそ」

動物たちの攻撃を避けながらも投げてくる緑の首輪を避ける。

「あっ!」
「チョッパー君危ない!」

その声に嫌な予感がした。
すぐにそちらの方を向けばすでに遅し。
ナマエとトニー屋の首には緑色の首輪が付けられていた。

「よし!それぞれ自分たちの船長を捕まえろ!」
「っ!キャプテンっ!」

泣きそうな顔したナマエがおれに向かってくる。
すばしっこい動きでおれの方に拳を突き出し、それを避けるとすぐにやってきた蹴りを腕で受け止めた。

「足癖悪ィな」
「すいませんっ!あっ!」
「船長がクルーにやられるわけねェだろーが!」

コイツとの組み手は嫌というほどやらされてきた。
いくら強くなっているからと言っても所詮はナマエだ。
厄介なのは覇気を纏った状態で攻撃をしてくることだが、全て受け流しながら麦わら屋の方を見た。

やはり、おれと同じで苦戦…というか相手が悪い。
傷つけるわけにもいかねェし。

「キャプテン避けて!」
「っ!危ねェ…ちっ」
「キャプテン!私を気絶させて!」

無茶言うな。こっちは攻撃を避けるのでいっぱいいっぱいだ。そもそも、気絶させろってぶん殴れってことだろ。んなこと出来るかよ。自分の女だぞ。

おれは舌打ちをしてROOMを展開させた瞬間、ナマエの手元からバチッと音が鳴った。

「ダメダメ!」
「人の技パクリやがって!」

ギリギリのところでナマエからのカウンターショックを避けて、ROOMを閉じる。
ダメだ。能力を使えばナマエの使える能力が増えてしまう。

どうすりゃいいんだ…。

「だから、私を、ぶっ飛ばしてくださいって!」

ボロボロと泣き出した顔に怯んで、ナマエの拳を受け止めて握った瞬間。

「しまった!」
「トラ男っ!ああ!!」

緑の首輪が飛んできて避けることが出来なかった。
おれの様子を見た麦わら屋も同じように緑色の首輪が巻きついた。

「ぺとととと!!これで貴様らはおれのペットだ」
「ううっ…キャプテン…ごめんなさい…」

「トラファルガー!麦わら!おすわり!!」

ブリードの声が聞こえ、死ぬ程やりたくないと思うのに体が勝手に動き出し…おれは犬の様にお座りした。
死ぬほど辛い。

「お手!」

勘弁してくれ。
誰か今すぐおれの意識を奪ってくれ。

そう願いながらもおれの意識と関係なく、麦わら屋と共に片手をブリードの掌へと乗せた。

こんな屈辱は初めてだ。
高笑いする目の前の男に殺意が芽生えながらも、おれと麦わら屋とナマエは命令されて大人しく牢屋に入れられた。









-85-


prev
next


- ナノ -