01




コツコツとキャプテンの高そうな靴の足音と、私の足音がだだっ広い研究所内に響き渡る。

それにしても、不思議な光景だ。
車椅子でもない、風船のようなものを足につけて移動している人が多い。
足が不自由なのだろうけど、みんな車椅子でも義足でもない。

目の前の女の人もそうだ。
両手は真っ白い翼で両脚は完全に鳥。
でも、この女の人…ものすごく強い…。

「一人しかクルーを連れてないのね」
「…マスターとやらの所で説明する。さっさと案内しろ」
「久しぶりの女の子だから嬉しいのに」
「…」

妖艶な笑みを浮かべながら私の方を見てきた女性に私も笑みで返すと、女性が少し驚いた。

「あら、少しは仲良くなれそう」
「…」





かなり広い部屋に高級そうなソファ。
そこへ案内され、キャプテンが腰掛けると私もその隣に腰掛けた。

もくもくと何か煙のような水蒸気のようなものが目の前に座り、それが人の形になっていく。
この男自身も賞金首。それも3億と高額で能力はガスガスの実を食べたガス人間だとか。
ということは先ほどの煙はガスなのか。

「パンクハザードに滞在を?」

独特な声で発せられた言葉は問いかけだ。
キャプテンは長い足を組んで、私はガス男を眺めながらキャプテンとその男の会話に耳を傾けた。

「ログの取れねェこの島に来るのも苦労した。元政府の秘密施設だからな…」

ぎしっとソファが軋んで、キャプテンが背もたれから背中を離して少し前に体をずらした。

「この研究所内には現在にも続く世界政府の研究のあらゆる証跡が残っている筈だ。この研究所内と島内を自由に歩き回れりゃそれでいい。こっちもお前の役に立つ何かをする。互いにつまらねェ詮索はしない」

そう言い切るとキャプテンは強く言い聞かすように、ガス男を指差した。

「勿論、おれたちがここに居ることも多言するな【ジョーカー】にもだ」
「?!!…訳知りじゃねェか…なぜそこまで知っている」

【ジョーカー】の言葉で、ガス男の顔色が変わった。
キャプテンが腕を組み、一つため息をついて言葉を続ける。

「何も知らねェド素人が飛び込んで来るのとどっちがいい?」
「シュロロロロ!成る程、同じ穴のムジナってやつか…。信用はできねェが害はねェかもな、なあ、モネ」

鳥人間だった女性がいつの間にかスタイルのいい女性になってる。
レンズの分厚いメガネをかけて、ガリガリと何かをかいていて、ガス男に話しかけられるとペンを止めずに口を開いた。

「‘ノースブルー’出身、‘死の外科医’、能力は〈オペオペの実〉。医者なのね」

まだ手を止めずにモネさんはチラッと私を分厚いレンズ越しに見てきた。
色々とこちらの情報は得ているのか、まるで心を見透かされているようでこの目はあまり好きじゃない。

「それと、そっちの子…外科医でもあった海軍のミョウジ中将の娘、‘ハートの海賊団看護師’、能力は〈ケアケアの実〉…こっちは看護師ね」

そうモネさんが言うと私とキャプテンの方に体を向けて、眼鏡を外して直接私たちを見てきた。

「この島には毒ガスにやられた元囚人達がたくさん居るけど、治せる?」
「…診てみねェと分からねェが…いや、分かった」

キャプテンの言葉に同意するように私も隣で頷くと、モネさんが満足そうに笑った。

「お前がここに滞在する…その代わりに部下共に足をくれる…そりゃあ、ありがてェよ。だが、お前はおれよりも強い!この島のボスはおれだぞ!ここに滞在したけりゃあお前の立場を弱くすべきだ」

ガス男の言葉も最もだ。
キャプテンが本気を出せばガス男もモネさんですら勝てないだろう。
いつ裏切るかも分からない強い者が懐にいる事が不安になるのは分かる。

「別に危害は与えねェ。どうすりゃ気が済む…」
「こうしようかトラファルガー・ロー!おれの大切な秘書モネの心臓をお前に預かって欲しい…いいな?モネ」

訳が分からない。
私が困惑してると、隣で顔を顰めているキャプテンも考えているみたいだ。

「…ええ。いいわよ」

モネさんが頷くと、ガス男はニヤリと笑いながら私たちを指差した。

「そのかわりに、お前たちの心臓をおれに寄越せ!それで契約成立だ!!」
「…」
「互いに首根っこを掴み合ってりゃあ、お前は妙な気を起こせねェ。おれも安心だ」

お前たちって私ももしかして含まれているのか。
どちらにしろ私とキャプテンの能力の相互作用のことは知らないらしい。
私はキャプテンの能力が無効化される。
オペオペとケアケアの実の影響で、キャプテンが私に出来るのは“シャンブルズ”か“カウンターショック”のみだった。
ちなみにこれは私が身をもって実験されたので分かったことだが、“メス”は少なくとも無効だ。

キャプテンがあまりこちらの能力については触れるなと言われてたけど、この場合は説明しないと受け入れないだろう。
私が困っているとキャプテンが少し考えた後にガス男に心臓を取り出して見せた。

「おれの心臓は渡す。だが、コイツの悪魔の実はおれの能力を無効化する。どちらにしろおれの心臓を持っていれば結果的にコイツの行動も抑えることは出来る」

それはその通りだ…。
キャプテンの命を危機に晒してまで私は行動を起こそうとはしないだろう。
キャプテンの言葉にガス男がニヤニヤと悪そうな笑みを浮かべた。

「大した自信じゃねェか。その女がお前を裏切らねェ理由でもあんのか?」
「…おれたちはただの船長とクルーでも、ただの医者と看護師の関係でもねェ」
「シュロロロロロ!口では何とでも言える!」
「…なら、こうすりゃいいのか」

ハラハラとしている私の後頭部を掴んだキャプテンがいつものように口付けをしてきた。
ちゅっと小さくリップ音を鳴らして離れていき、平然とまたガス男に向き直った。

「シュロロロロロ!充分だ!モネの心臓を持っていけ!」
「ああ。部屋に隠しカメラや盗聴もやめてもらう。男と女なんだ、見られるのも聞かれるのも困る」
「確かにそれもそうね。ふふふ。私が撤去しておくわ、マスター」








滞在中の部屋はキャプテンの思惑通り、同室になった。
明日から元囚人達の診察に回ることになり、今日のところは休めそうだ。

コートを脱いでソファに座ったキャプテンを横目に私は同じようにコートを脱いだ後、部屋のカメラや盗聴器を探し始める。

「…こっち来い。んなことしなくてもおれの能力で見れる。“スキャン”」

部屋を眺めた後に、キャプテンは頷いて、私は隣に座った。
それでもキャプテンの心臓を取られているという事実が、私の心を不安にさせてしまう。

いつ潰されるかも分からない。
見ていない所で突き刺されたら、私の目の前でキャプテンが一瞬のうちに死んでしまうかもしれないのだ。
しかも止めようもない。

暖炉の火を見つめながらそんな事をぐるぐると考えていると、顎を掴まれて顔をキャプテンの方へ向けられた。

「そんな不安そうな顔してんじゃねェ」
「…こんな顔にもなりますよ。キャプテンの心臓取られてんですよ」
「まあ、何とかなるだろ」
「何とかって…そんな悠長な…」

まあ、確かに考えていても仕方ない。
それならばこの事はキャプテンに任せて私は資料を読んで、気を紛らわすしかない。

私はこの部屋にもある書類が大量にのってるデスクに向かった。
ここは研究員の自室であったらしく、日記も出てきた。
パラパラと書類をめくる音と、暖炉からたまにパキッと木が燃え落ちる音が部屋を支配している。

暫くの間、私は書類を眺めていたが後ろから抱き締められて書類から顔を上げた。

「ん、何ですか」
「おれも読むからおれの膝で読め」

いつも船長室では一緒になってそういう体制で本を読んだりしていたが、ここは船の上ではない。
私が躊躇していると、キャプテンが私を抱き上げた。

「わわっ」
「ここにはどのくらいの期間いるのかも分からねェんだ。ずっと気を張ってると疲れるだろ」
「で、でも」

ドサっとベッドに下ろされて、私を抱えるようにしてキャプテンも座った。
私のお腹にキャプテンの両手が回されて…それでも背中に当たるキャプテンの胸からはいつもの鼓動を感じなくてひたすら不安になるばかりだ。

「…読んでねェだろ」
「…はい」

私が小さく頷くとため息をついたキャプテンが書類を奪い取って、ベッドサイドテーブルに放り投げた。
そして私の体を反転させると向かい合うように座らされると、額同士をこつんと当てられる。

「滞在中、ずっとそんな顔して一緒に居んのか」
「…いえ」
「お前が不安になる気持ちも分からないでもないが…不安に思っててもどうにもなんねェんだ。抵抗して争っても不審に思われるだけだ」
「分かってます…けど…じゃあ、殺されても死なないでください」
「くくく、無茶言ってんの分かってんのか」
「…でも、キャプテンの口から聞けば…キャプテンの言葉なら安心できると…いや、安心は出来ないと思うんですけど」

ああ、もう、何が言いたいのかも分からなくなってきた。
だってこれが今のところ最善の策だというのも分かってる。
頭では分かっているのだけれども、心がついていけないだけだ。

私の支離滅裂な言葉を聞きながら、キャプテンは私を抱きしめた。
鼓動は感じなくても、いつものキャプテンの匂いと…体温を感じる。

「…お前、看護師だろ。心臓がなくとも鼓動の確認は出来るの、知ってるはずだ」
「はっ!そうでした!」

すぐにキャプテンの首元に指を当てれば、確かにドクドクと強く脈打っているのが確認できる。
それだけのことでも私の心は少しばかり軽くなった気がした。

拍動を確認していた手を握られて、後頭部を掴まれると唇同士が触れ合う。
何度も何度も重ねて、私は自分からキャプテンの口の中へ舌を差し込んだ。
キャプテンの舌が、口内が熱くて、それでも安心が出来た。

「はっ…はぁ」
「まだ…足りねェ」
「んんっ」

息が続かずに息継ぎのために離したのに、掴まれた後頭部の手に力が入り、すぐに引き寄せられ塞がれる。
漸く解放されると酸素不足で思考は停止して、脱力した体をキャプテンが支えていた。

「お前が不安に思うたびに、こうして考えられねェようにしてやる」
「そ、れは…勘弁してください…」
「ならお前はいつものようにへらへら能天気に笑ってりゃいい」

ああ…キャプテン。私はやっぱりキャプテンが大好きだ。







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