02




 
朝、目が覚めると船の上じゃないことに気がついて、今潜入中なのだという事を思い出した。
昨日まで暖炉に火が灯っていたが、今は完全に消え去っており、肌を刺すような冷気が頬を掠める。
ベッドも布団も上等な物なのかかなり温かいが、それ以外にも私を温めてくれている存在に気が付いた。

包み込むように私の体は抱きしめられていて、私が少しでも離れようと動けば、無意識なのか腕に力が入り引き戻される。
向かい合うようにして抱きしめられているこの体勢のまま、胸に耳を押し付けてもいつものドクンドクンと脈打つ鼓動が感じられずに不安が強くなった。

昨日の…キャプテンの心臓を渡したあの出来事は、信じたくはないが夢ではなかったのだ。
手を動かしてキャプテンの首筋に手を置くと、やっと強い拍動を感じることができ、安堵のため息をついた。

「首絞められんのかと思った」
「あー、残念です。この首を差し出しても、もうお金にならないのに」
「くくく、そりゃ残念だな。おはよ、ナマエ」
「ん、おはようございます」

私が体を起こすとキャプテンも体起こしてベッドを降りていった。
ベッドから出れば寒さを更に実感させ、慌てて暖炉に火を灯す。

キャプテンを見れば、全く動じず着替えを済ませている。寒くないのだろうか。
いや、よく見たら寒そうにさっさとコートを着ているのだからさすがに寒いのだろう。
そんなに熱を発するような余分な脂肪がないのも、見ていて寒い。


暖炉の前のソファに、自分の膝を抱え体を丸めて座りながら頭の中で今日の予定を考え始めた。

モネとシーザーに言われて元囚人たちの体を、キャプテンと一緒に診ることになっている。
昨日、少し書類を見ただけでも酷い人体実験をされていた事が分かるし、その後の毒ガスがどういう影響を与えたのかも分かった。

神経ガスによる神経麻痺。
これが原因で歩行困難となっているようだが、どうやって回復させるのだろうか。

私が思案しているとキャプテンが私の隣に腰を下ろした。

「神経麻痺に対してお前は絶対に能力使うなよ」
「でも、キャプテンどうやって足を?」
「動物の足を移植させる」

その手があったか。
確かにキャプテンの能力であれば可能なことだ。

「お前は全員の呼吸状態を診ろ。こんだけ長い間毒ガスの中に居たんだ。肺に異常が出ててもおかしくはねェ」
「アイアイ」

そういう私の能力は、回復部位を調整できるようになった。
以前のようにやたらむやみに治癒能力を使って臓器損傷を治すようにならなくなったし、私自身に治癒能力を使えばほとんどの怪我を治すことも出来る。
ちょっとした不死身人間になったような気がする。
といっても痛みは感じるし、実験と称してコスモスさんに殺されかけたのはキャプテンには言えない話だ。

私も着替え終わったところでドアがノックされて、元囚人の男性が入ってきた。

「食事担当のフランクです。滞在中はおれが食事を運んできますんで」
「そうですか。フランクさんよろしくお願いします」
「は、はい!ナマエさん!」

私が頭を下げるとワゴンに乗っていた食事をテーブルの上に置いて、フランクさんも頭を下げてきた。
そのお辞儀を無視して、キャプテンはフランクさんをしっしと手で払い始める。

「食事を置いたらさっさと出ていけ」
「まあまあ、キャプテン。フランクさん、食事よろしくお願いします。あ、キャプテンはパンが嫌いなのでパンは出さないようにお願いしてもいいですか?」
「了解しました!」

びしっと敬礼みたいなことをしてくるフランクさんに、私はつい笑みが零れる。

「海兵みたいですよ」

ペコペコしながら出て行ったフランクさん。随分と腰の低い人のようだ。
ドアが閉まるとキャプテンは私の腕を引っ張ってソファに座らせた。

「…お前のいいところでもあるが…おれにとっちゃ欠点でしかねェよ」
「?何がです?」
「誰にでもへらへらしてんじゃねェ」

頬を抓られて、痛みにすりすりと頬を撫でながらキャプテンを見れば顔を顰めて不機嫌そうだ。
私はふふっと笑って、キャプテンの膝の上に跨ると、キャプテンの両頬を両手で包み込んで顔を私の方へ向けた。

「嫉妬ですか?キャプテン」
「…煽ってんのか?」

キャプテンの手が腰をスルッと撫でて、お尻に置かれた。

「まっさかぁ。私がキャプテン相手に煽るだなんて」
「なら、この恰好は何だ」
「ふふふ。キャプテンのご機嫌とりです」
「あと一歩足りねェな」

口角を上げたキャプテンが私のお尻を引き寄せて、私とキャプテンの体が密着した。
私は少し笑うと、ゆっくりとキャプテンの唇に自分の唇を当てた。

「正解」
「かっ…カッコいい…」

ペロッと私の唇を舐めて、不敵に笑うキャプテンはカッコいい。
ここが潜入先じゃなく船だったら私がキャプテンに襲いかかっていた。きっと。
いや、返り討ちに合うのが目に見えているけれども。

私は誘惑を振り払うかのように首を振ってから、キャプテンの膝から降りて朝食の続きをとることにした。






キャプテンと一緒にコートと刀を持って元囚人達の診察を行った。
確かに神経毒によって足だけでなく手の動き辛さや、痺れなどの症状が主で、臓器自体に大きな影響は見られない。
これはリハビリやマッサージとかでもしかしたら結構良くなるかもしれない。
だいぶ前に読んだ医学書にもリハビリ医学の重要性について記してあったし。

生きた動物の足をキャプテンがどんどんくっ付けて、私はその人たちのリハビリを指導していった。
元囚人とはいえ、意外にも優しい人ばかりであの悪党科学者を崇めている。
きっとあの毒ガス科学者の刷り込みによる崇拝だとは思うが…でも、まあ、無駄な干渉はするなとキャプテンに耳にタコが出来るんじゃないかというぐらい言われたので、大人しくしておくしかない。

私は感情的になって動くことが多いから、気をつけなければならない。
キャプテンの心臓を握られているうちは下手なことはしない方がいいに決まってる。

麻痺により動かさなかった手足をマッサージしたり、リハビリの仕方を一人一人に伝えて、なるべく無理をしない程度に自主トレをするようにメニュー表を作成したりした。

「今日はここまでにするか」
「あ、私まだやりたいことあるのでキャプテン先に戻ってて下さい」
「馬鹿言うな。別行動なんかさせねェよ、今日はもう終わりだ。行くぞ」
「ああ!待って!…ハーゲンさん!ダニエルさん!キバンさん!アウェルさん!明日には自主トレメニュー表の作成を終わらせますからっ!」

キャプテンに引きずられながら私はその場を後にした。
私とキャプテンに大きな声でお礼を言いながら元囚人たちは最初に話した時よりも表情がいい。
身体的なケアもそうだが、精神的なケアも必要に感じた。
私はマッサージや自主トレメニューを話しながら傾聴もしていたのだが、話すことでスッキリした人もいるようだし、どちらにしろここには問題が多すぎる。


研究所の長い廊下をキャプテンの横を歩きながら私は腕を組んで考えた。

下肢に関してはキャプテンが慣れるまでたくさん歩き回り、自主トレをするしかないと伝えていた。
けれども上肢に関しては麻痺してから動かさなかったのもあって、硬縮している人も居たし…それは少しずつ柔らかくしていくしかない…。

「おい」

長く使わなかったせいで変に動かす癖がついちゃってる人もいるし、その人は正しい動きに正すところからやらなきゃいけない…。

「…馬鹿ナース」

寒さのせいで上手く動かせないのも問題だし…。
まあ、とりあえず自主トレメニューを作成して明日渡せばいいか。

「…」
「あとは…精神面でのフォローを…」
「…」
「ん?わっ、ちょっと、キャプテンっ」

考え事をしていて、いつ私とキャプテンの部屋に到着したのか分からないが…
今、私はなぜかキャプテンによってソファに押し倒されている。

「お前、のめり込み過ぎだ」
「…でも、中途半端に関わるのは嫌なんです。あ、もちろんここの研究資料も私自身読んでおきたいのでそんなにのめり込まないようにします」
「そうじゃねェ。ここは単なる通過点なんだ。そんな関わる必要もない」
「キャプテンに必要なくとも私には必要なんです」
「…お前…変わったのは外見だけで、中身は変わってねェな…」

きっぱり言い放った私にキャプテンは苦笑して体を退けた。

「まあ、思うように動けっつったのもおれか」
「そうですよ。キャプテンが私の自由に動けって言ったんじゃないですか」
「分かった分かった。お前の自由に動けばいい、おれもやる事が出来たし、お前が元囚人どもの相手をしているのならばシーザー達の目もお前に向きやすく、おれが動きやすくなる」

おお。さすがキャプテン。
私も飛び起きてキャプテンの横に座り、ニッコリと笑った。

「出だし順調ですね」
「くくく、すぐ調子に乗るとこも健在か」





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